【ディープテックを追え】“100万人”を救え!精神疾患の解決を目指すバイオベンチャー
統合失調症の患者に質問を投げかける。「なぜ精神科に来たのですか」。患者が答える。「今日は痔の治療で来たんだ」。2008年、放射線医学総合研究所(放医研、現在の国立研究開発法人「量子科学技術研究開発機構」)で脳科学を研究していた大西新は、初めて見た患者の会話がまったくかみ合っていな様子に衝撃を受けた。
それと同時にある考えが頭に浮かんだ。「会話がかみ合わないのは、気持ちの病気じゃない。脳が原因なのではないか。そうであれば、薬で治療できるはずだ」。人口の1%、100万人が発症しているとされる統合失調症。確固たる原因が特定できていない病の治療を目指す戦いが始まった。
統合失調症:幻覚や妄想などにより、言動や行動が上手くまとまらなくなる症状。脳の神経伝達物質であるドーパミンなどの異常により症状が生じる。はっきりとした原因はわかっていないが、ストレスや遺伝などの複合要因だと考えられている。現在では、抗精神病薬とリハビリティーションを正しく組み合わせること、症状抑えることができる。
基礎研究だけではダメだ。「薬を作ろう」
大西は北里大学で生物物理を学び、同大大学院で基礎医学を学んだ。当時、取り組んでいたのはプロテオミクスというタンパク質解析による病気の原因特定だ。プロテオミクスは、細胞のタンパク質をカタログ化する解析法。この方法を用いて、原因不明の病気に冒された細胞と正常の細胞を見比べることで、病気の原因になり得るタンパク質をあぶりだす。大西はこの方法などを使い、大学院やその後就職した放医研で脳科学の研究を進めていた。
その研究の過程で冒頭の統合失調症患者との出会いがあった。大西は「どんどん脳科学にのめり込んでいった」というように、放医研では顕彰も受けた。基礎研究を進めれば、いつか薬ができ、大西自身が衝撃を受けたあの統合失調症患者を救えると思っていたからだ。だが、いつまで立っても創薬の見込みが立たない。
「なら、自分の研究してきたものを生かして、薬を作ろう」。15年、統合失調症の創薬を目標にRESVO(神奈川県川崎市)を創業した。同社が重要視するのは、市場ニーズに合った「種」をしっかり見つけ、製品化へ持って行くプロセスだ。「大学には、育てればニーズを満たすことができる知財も多い」(大西氏)という。だが、企業にとって、用途が不明瞭な知財に特許料支払いや共同研究を持ちかけることはリスクの観点から難しい。そこで同社は大学発の知財と自社のノウハウを掛け合わせることで、製品化へのアクセルを踏んでいる。
ストレス検査マーカー
現状、統合失調症の判断は問診が中心だ。主観による判断のため、大西は「本来効くはずの薬が処方されていなかったり、過剰に処方されることへの薬害もある」と指摘する。そこで同社は精神疾患のリスクが高いとされる「精神疾患発症危険状態(ARMS)」を尿から数値化する検査マーカーを開発した。
身体はストレスを感じると、コルチゾールというホルモンが分泌される。コルチゾールは代謝の促進や免疫抑制を調整するなど、生命にはなくてはならない。だが、過剰なストレスによって自律神経の亢進やコルチゾールが増加すると、身体に有害な活性化酸素の大量生成や免疫細胞の活動低下が起こる。これによって、免疫状態の指標になるフリーライトチェーン(FLC)の異常と壊れた赤血球の成分、ビリルビンと活性化酸素の中和作用によってバイオピリンの増加が起こる。
同社の検査マーカーは、このFLCの検出技術と島根大学が保有していた、バイオピリンの測定技術を組み合わせることで実現した。
検査マーカーはこの2種類の判定項目を用いて、ストレス度合いを検知。ARMSの早期発見と客観的な治療に役立つ。同社は予防検査サービスを手がけるプリメディカ(東京都港区)と協業。21年中の検査マーカーの販売を目指している。同社は「協業によって、プリメディカの製造と販売、当社の開発ノウハウが揃った。当面は月間1000件の利用を目指す」と自信をのぞかせる。
治療薬の確立へ
さらに同社のパイプライン(新薬候補)で研究が進むのが、「ビリルビン脳症」が要因の統合失調症治療薬だ。ビリルビン脳症はビリルビンが持続的に増えすぎた結果、脳に悪影響のある物質を通させない「門番」である血液脳関門を突破してしまい、脳に蓄積することで起こる。進行すると脳性麻痺などの原因になるとされていたが、軽度の場合にどのような症状が現れるか詳しくはわかっていなかった。
近年「BIND」呼ばれる、軽度のビリルビン脳症を発症した患者がADHDや統合失調症の発症リスクが高まる可能性が報告されている。特任教授として島根大に在籍する大西は、このBINDの状態にあるネズミのセロトニン神経伝達が過剰になっていることを突き止めた。また、高血圧治療薬の1つである「ケタンセリン」を投与することで、BINDの行動障害を改善することができた。大西は「BINDが要因の統合失調症患者はおよそ2割」といい、「BIND要因の患者にターゲットを絞り、研究を行っていく」という。同社はこの治療薬の研究を進め、治験へ進める考えだ。
大西は自身の夢をこう語る。「今の薬はどうしても副作用が強い。だから、様々な症状に合わせて、適切な治療薬を世に送り出し、イノベーションを起こしたい。そうすれば、患者が副作用を気にせず、問題なく社会生活を送れるようになる」。
治験には多額の資金が必要になり、協業や支援を確保しなければ行うことができない。ただ、「日本ではどうしても治験の資金が集まりにくい。実際行うのであれば、アメリカで実施することも視野に入る」と話す。また、全米ベンチャーキャピタル協会の調査によると、2019年のバイオ分野への投資額は167.2億ドル。メガファーマが創薬ベンチャーの治験前の創薬の種を買い取り、治験を行うなど、エコシステムが構築されている点も日本とは大きく異なる。
同社の挑戦は多くの統合失調症患者にとって「福音」になり得る。しかし、それは同時に日本の創薬環境に対する警告でもある。
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