欧米に大きく遅れるバイオ薬、巻き返しの処方箋ありますか?

「2周の差」、明確な戦略で変革後押し

バイオ薬に明るい国内製薬企業は少ない(協和発酵キリンの生産設備)
 欧米に大きく後れをとってきた日本のバイオ医薬品が、将来の飛躍に向けた正念場を迎えている。政府は新たなバイオ戦略の案を策定し、重点市場領域にバイオ薬も挙げた。ただ国内には優秀なバイオベンチャーが少ないなど、課題が山積する。戦略の実効性を高め、研究開発の加速につなげられるかが焦点となる。製薬企業も合従連衡を含め、あらゆる選択肢の検討が求められる。

「低分子」集中、変化に乗り遅れ


 「欧米から2周は遅れているところを、1周遅れくらいにしようと思って(政策などを)やっている」―。経済産業省幹部は、日本におけるバイオ薬についてこう語る。

 バイオ薬は化学合成でつくる低分子医薬品に比べて生産が難しい。一方で副作用が少なく、効果も高いと考えられている。バイオ薬の例には、遺伝子を組み換えた動物細胞を培養して製造する抗体医薬品があり、がんや関節リウマチなどの治療に使われてきた。

 ところが日本でバイオ薬を得意とするメーカーは、中外製薬や協和発酵キリンなど少数。結果として、日本勢の存在感は小さくとどまる。

 中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)の資料によると、2001年時点では世界売上高トップ10の医薬品のうち、バイオ薬は一つだけだった。それが17年には、10品目中6品目がバイオ薬となった。この6品のうち、日本で創製されたものはゼロだ。

 こうした状況の背景を、製薬業界に詳しい二松学舎大学の小久保欣哉准教授は「低分子に突っ込みすぎて、技術の変化が起こり始めていることに気付くのに時間がかかった」と分析する。

 日本のメーカーは年間売上高が1000億円を超える低分子薬を、いくつも世界に送り出してきた経緯がある。成功体験が大きかったゆえに、新しい創薬手法に乗り遅れた感は否めない。

 製薬業界では昨今、バイオベンチャーを買収して技術や開発品の獲得を図る事例が増えてきた。ただ、国内に優秀なベンチャーは多くない。

 経産省が18年4月にまとめた報告書では、国内創薬型ベンチャーの時価総額は欧米のみならず、中国や韓国よりも小さいと指摘されている。大手製薬企業の提携先も米国のベンチャーが目立つ。日本ではバイオの“裾野”を広げることが必要と言えそうだ。
                 

研究の裾野広げる


 国はバイオ薬の研究開発力向上につながる戦略を推進できるのか。政府は5月までの有識者会議の提言を基に「バイオ戦略2019」の方向性を示した。6月にはこの内容を「統合イノベーション戦略2019」の素案に盛り込んでいる。

 有識者会議の提言をまとめた資料には「過去の戦略は、既存延長のシーズ思考に偏重し、課題の明確化が不十分」「投資すべき対象、とるべき対応が総花的かつ応用分野の対応が不足」など、これまでを省みる文言が並ぶ。そこでバイオ戦略2019の案では、目指すべき市場領域を提示。その中にはバイオ薬も挙げられた。

 また、具体的な取り組みとして、世界の人材や投資を引きつける都市や地域の「国際バイオコミュニティ圏」を選定し、補助金などの支援を展開するとした。バイオ薬の研究開発には10年程度の期間がかかることも珍しくないため、短期間で政策の実効性を判断しにくい面はあるが、こまめに成果を検証する姿勢が求められそうだ。

 従来、日本のバイオ戦略が不十分だった中でも、バイオ薬の分野で飛躍が期待される企業は増えてきている。第一三共は乳がんや胃がんなどの治療薬として開発中である抗体薬物複合体(ADC)「DS―8201(開発コード)」が高く評価され、3月に英製薬大手アストラゼネカと抗がん剤の開発や販売で提携した。対価として最大で総額69億ドル(約7590億円)を受け取る。

 米バイオ薬大手アムジェンの日本法人を経て09年に第一三共へ入社後、バイオ薬の研究所の所長などを務めた古賀淳一専務執行役員は「研究所の連中は相当、カルチャーを変えようという意識が高かった」と部下をねぎらう。変革の意思は大なり小なり、どの企業にもある。政府にはその後押しが問われる。
                    

【インタビュー】中外製薬・永山会長「大きくないと戦えない」


 バイオ戦略の有識者会議で座長を務めた中外製薬の永山治会長に、製薬業界の課題や解決策などを聞いた。

 ―日本の製薬産業がバイオ医薬品に出遅れた原因をどのように分析していますか。
 「うちを含めた一部の会社しかバイオに参入しなかった。20世紀(の新薬)はほとんど低分子でつくられ、研究所も大部分が低分子関連だった。高分子はヒトの遺伝子や病気の原因を解明する(のに必要な機器や技術をそろえる必要があるといった意味で)装置産業的なところがあり、やらなければそういう産業にはならない。予算が一定だとすれば、低分子の研究者を減らして(高分子の知見がある人と)入れ替えることは大変だ」

 ―今後、国内製薬企業が進むべき道は。
 「抗体をやってこなかった会社がこれから入るのは、なかなか厳しい。(抗体の標的となる)抗原は、そんなにたくさんではない。再生医療や細胞医療、遺伝子治療も広く言えばバイオ技術だが、減っていく低分子薬の売り上げを埋め合わせて成長するには5―10年はかかる。いずれにしても、投資能力が求められるのは明らかだ」

 ―日本勢同士の合従連衡は必要ですか。
 「最近は臨床開発の段階で海外企業と組む例が多い。結局、皆が狙うのは米国市場だから、米国に強い海外大手と組んで共同開発や共同販売をする。(日本企業は)臨床開発に自分のお金を全部使っていたら、他(の事業活動)に回らない。合併はそれ自体にいろんな課題がある。日本の場合はどうしても対等合併とか(難しい条件)になりやすい。(事業規模が)大きくなってもうまくいくとは限らないが、大きくないとゲームができない」

 ―国内ではバイオベンチャーが欧米や中国に比べて育っていないとも言われています。
 「米国のベンチャーキャピタル(VC)は知見が多くあり、指導も評価もできる。それがなかなか日本にはない。(国内VCは)本社が日本にあっても実証は米国でやるなどして、ベンチャー全体がうまく動くような仕組みを勉強する必要がある。また、日本は対日投資が一番苦手なテーマだ。日本の国際化とは日本人が海外へ行って成功することであり、外国が日本で成功することは入っていないと思う。それが日本を遅らせてしまった」
中外製薬会長・永山治氏

(文=斎藤弘和)

日刊工業新聞2019年6月13日

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