「狙い撃ち」より「エンタメ」が効く!?店舗サイネージ広告の本当の効果
「チラシやポップをデジタル化してそこに広告を出したくなる店舗を作れ」―。サイバーエージェントAI事業本部DX本部の小栗徹プロダクトマネージャーは、店舗のサイネージ広告事業の立ち上げを上司に指示されたとき、自社の広告配信事業を次のステップに進められると感じた。2019年春のことだ。
当時、ウェブメディアの広告収益を最大化させるプラットフォームの提供業務を担っていた小栗プロダクトマネージャーは、モバイル端末の小さな画面に映る広告の訴求力に物足りなさを感じていた。モバイル上でのOne to Oneマーケティングにもちろん価値はあるが、生活者の意識を変化させる上では大きなメディアへの広告配信こそ王道の手段だと考えていた。だから、デジタル技術を活用して広告の運用を最適化でき、かつ大きなメディアに配信できるサイネージに可能性を感じていた。
さらに店舗は、そこに来店する理由のある人たちが集まる。テレビでは難しい、広告による商品の認知からリアル店舗での購入まで一気通貫で実現できる可能性も仕事として魅力的だった。それから、20年6月に「ミライネージ」として事業を立ち上げた。21年2月にはサイネージに搭載した、視聴者数や視聴者の属性などを把握できる人工知能(AI)カメラを活用して広告運用を最適化する機能を付加し、本格展開を始めた―。
スーパーマーケットやドラッグストアなどの小売店で、サイネージ広告の取り組みが活発化している。サイバー・コミュニケーションズ(CCI・東京都中央区)は、小売店におけるサイネージ広告市場の規模について、24年に20年比約3倍の150億円に拡大すると予想する。拡大する市場にはサイバーエージェントの参入だけでなく、小売業自らブランドを立ち上げ、積極的に挑むケースも出ている。AIカメラなどを活用したサイネージ広告の効果最大化へ多様な試行錯誤が繰り広げられている。(取材・葭本隆太)
「立ち寄り配信」で効果高める
サイバーエージェントの「ミライネージ」は現在、全国主要都市のドラッグストアや家電量販店で合計600台程度が導入されている。サイネージを小売店に設置し、メーカーから広告を獲得して小売店と収益を分配する仕組みで展開する。
広告効果の最大化を図る肝の一つは、AIカメラとの連携だ。2月にはその画像認識技術を活用した広告最適化の機能を投入した。AIカメラが来店客を感知し、サイネージに接近したタイミングで広告を冒頭から再生する「立ち寄り配信」だ。常時ループ再生に比べて訴求内容を明確に伝えられる。小栗プロダクトマネージャーが狙いを説明する。
「(事業開始から約6カ月の間に行った)実証実験の結果などを踏まえて、効果が期待できる機能として投入しました。特定の商品の購入を条件に応募できるメーカーの『マストバイキャンペーン』を来店客に伝える手段として効果的だと考えています。マストバイキャンペーンは商品棚の前にある応募カードを持ち帰り、商品に付いたシールなどを貼って応募するケースが一般的ですが、応募カードの存在が気づかれにくい課題があります。(該当商品の近くに置いたサイネージでの)立ち寄り配信はその課題を解消できます」。
もちろん、この機能はサイネージ広告運用の最適化に向けた初めの一歩に過ぎない。同社は小売業向けのスマホアプリ開発も手がけており、そのアプリと連携した配信など、より最適な広告運用の方法を模索していく。
自社ブランドで独自に料金体系を設計
一方、マルエツやカスミなどを傘下に持つユナイテッド・スーパー・マーケット・ホールディングス(U.S.M.H)は自らサイネージ事業を立ち上げ、20年8月に本格展開を始めた。「イグニカサイネージサービス」というブランド名でAIカメラ搭載のサイネージを約70店舗に合計700台程度設置している。
U.S.M.Hがサイネージ活用の検討を始めたのは19年夏ころ。健康食品など高付加価値商品が持つ価値の内容はポップやチラシなどの静止画では伝わりにくいため、動画で訴求すべきだと考えた。実際にサイネージ広告の実証実験を行い、売り上げを押し上げる効果(※1)を確認したことから事業化を決断した。その中で、自社ブランドを構築した理由を同社の満行光史郎プログラムマネジャーが説明する。
「メーカ―に納得してもらえる広告料金の体系を独自に設計するには外部パートナーとの連携では難しいと判断しました。また、自社で開発した方が(AIカメラ搭載サイネージを通して)我々が欲しいデータを取得できると考えました」
※1サイネージ広告の効果:あるスイーツ商品のプロモーションを行った際に、サイネージ広告を放映した店舗と放映していない店舗で売り上げに差が出た。未放映だった店舗の売り上げが前年同期比約2倍だったのに対し、放映店舗は約3倍だったという。
本格展開から約7カ月。すでに複数のメーカーから年間契約を獲得している。3月にはAIカメラによる視聴人数の実績データなどに応じて課金する料金体系を導入した。従前の配信期間に基づく課金体系を改め、メーカーがより広告出稿しやすい体制を整え、顧客拡大を図っている。
AIカメラの活用法
「ミライネージ」の立ち寄り配信や「イグニカサイネージサービス」の料金体系の実現など、AIカメラはサイネージ広告の最適化を図るカギになっている。その上で、さらなる広告最適化の方法として、男女や年代など属性に応じた広告の出し分けも期待される。しかし、コロナ禍はその運用を難しくした。サイネージ事業を手がける企業からは「来店客はマスク姿が一般的になったため、属性を判別する精度が維持しにくくなった」という声が上がる。
もっとも、属性に応じたサイネージ広告の効果には懐疑的な声も多い。サイネージの前で立ち止まった来店客をターゲットに広告を再生しても、その来店客がすぐに立ち去り、まったく別の属性を持つ来店客が視聴してしまう可能性があるし、複数人が同時に視聴するケースもあるからだ。
業界に先駆けてデジタル活用を推進しているトライアルカンパニー(福岡市東区)は、サイネージ広告の配信にも18年8月から本格的に取り組んでいるが、同社グループで技術開発を主導するRetail AIの永田洋幸最高経営責任者(CEO)は「(デジタルを活用した最適な配信方法は)まだ試行錯誤を続けている段階」と明かす。むしろ現段階で最も商品販売の押し上げ効果があると見られる配信方法は、店舗内のすべてのサイネージで同時に同じ広告を配信する方法だという。単純にエンタメ性の高い施策の方が効果を発揮しているというわけだ。
サイネージ広告は、AIカメラなどから取得できるデータ活用により、一定の広告コンテンツの出し分けが可能になった。しかし、モバイル端末と同じように出し分けても当然、同じような効果は期待できない。サイネージの特長を生かして、広告効果を最大化する手法の模索は続く。
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