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無人店舗を目指す小売りチェーンが抱いた「AI万能論」の誤解

AIは幻想か―導入現場のリアル#04 「最新の技術を使え」編

小売チェーンからの相談

「最新」には蜜の味がする。他社が誰も手をつけていない技術を一早く自社のものにすることは、ライバルを出し抜く競争優位になり、話題性もあるからだ。だが、蜜は食べ方を誤ると毒にもなる。最新技術は、その成果のみが取り上げられることも多く、その詳細や欠点は見落とされがちだ。この相談は、ある小売チェーンを運営する企業からのものだった。

「AIを活用した最先端の自動化店舗の設立を計画しています。具体的には、店内に設置してある複数の監視カメラを活用して、来店者がカゴに入れた商品を認識し、レジに並ばずに自動で決裁できる店舗です。実は、当社にもエンジニアがおり、従来から知られている画像系アルゴリズムで試行錯誤してみているのですが、全くできる感じがしないのです。最近、高精度なことで話題になっている最新のアルゴリズムの話を聞いたのですが、これを用いて実現に近づけないでしょうか。」

2016年にシアトルで開業した無人店舗「Amazon Go」にはじまり、無人決済・無人店舗はここ1〜2年で急激に注目を集めている。国内では、今年3月にファミリーマートが無人決済店舗「ファミマ!!サピアタワー/サテライト店」をオープン、マックスバリュも広島の専門学校内に無人店舗を4月に開店した。つい最近では、小学館・ジュンク堂書店が「DIME LOUNGE STORE」という無人店舗を新宿にオープンしたことが報じられている。こうした動きには小売業を中心とした各社が熱い視線を寄せていることだろう。

今回相談をもらった小売チェーン企業はエンジニアも自社で抱えているということもあり、新技術へのリテラシーは高そうだ。しかし、こうした素地が整いながらも、なぜうまくいかなかったのだろうか。

AIはかなり単機能

これは、AIに対するよくある誤解が原因になっていると考えられた。そもそも広い概念である「AI」という言葉であるがゆえ、多く勘違いを招いていることがある。それは、一つのAIが非常に広い機能を持っているという誤解だ。いわゆるAI万能論である。だが、残念ながらAIはかなりの単機能だと思った方が良い。しかも、この単機能の度合いは、恐らく想像されるよりもずっと狭い。相談内容を題材に考えてみよう。

この企業担当者の頭の中では、このAIは「顧客が手に取った商品を把握するAI」だ。しかし、実際にここで用いられるであろうAIの技術領域としては、少なくとも次のような構成が想定される。カメラ画像の中に人がどこにあるかを探すAI(人物検出)、人の腕の動きから商品を取る動きを検出するAI(姿勢推定)、手に取った商品を判別するAI(物体検出)、同じ人の動きを追跡するAI(人物トラッキング)、複数のカメラに登場する同一人物を判定するAI(人物再同定)などだ。一般的には、「AI」と一言で言っても、このように複数技術で構成されることが多い。技術アプローチは他にも考えられるため、もっと細かい場合もあるかもしれない。技術領域が分かれるだけではない。それぞれのAIは、それぞれ個別の学習データを使って個別に構築する必要がある。複雑なシステムを構築しようとすればするほど、設計だけでなく、必要となるデータも多岐にわたり、結果としてその実現難易度も高くなっていく。

私たちがAIと呼んでいる最終形は、実際には複数プログラムの複合体だ。人からすれば一見単純そうなことでも、AIで代替しようとすると予想外に複雑な構成になる場合がある。ましてや今回の例のように無人店舗ともなると、既存の実例から考えれば、固定カメラだけではなく様々なセンサー類を用いてデータを取得することの検討も必要になる。この小売チェーンでは「画像系アルゴリズム」を想定していたが、これは実現したい技術全体のほんの一部分を担う技術であり、こうした観点からもポイントでの試行錯誤が行われている可能性が高かった。

「選定する」から「デザインする」へ

この小売チェーンがまずすべきことは技術の選定ではなく、オペレーション上の優先度の決定だろう。どこまでをAIが担当するのか、他のセンサー等を活用する余地は無いのか、顧客やスタッフに手を動かしてもらう可能性は考えなくて良いのか、全てをカメラ画像のAI処理で実現しようとすることが本当に現実的なのか。ビジネス成果のためのAIの使い方を議論し、決定し、業務オペレーションを考えることが何より重要だ。

AIは1950年頃にそう呼ばれるようになってから3回目のブームが過ぎ、すでに幻滅期に入った言われる。幻滅期と言うのは、技術として意味がないということではない。一過性のブームとして導入される時期から、冷静にビジネスにとって意味があるかを見定める時期に入ったということだ。ビジネスにAIを導入する場合には、AI技術を「選定する」という発想ではなく、業務課題に合わせて創造的に「デザインする」という発想が大切になる。単機能であるAIを目的に沿って組み合わせ、課題解決のために適切なソリューションとして設計するという考え方だ。私たちはこのプロセスを、“ソリューションデザイン”と呼んでいる。最後にこのソリューションデザインについてお伝えしたい。

AIのリアル

このソリューションデザインという考え方は、AIに限って言えることでもなく、新しいものでも全くない。むしろ古来、日本人が得意としてきたことだ。

伝統工芸品の漆器には、「塗り」という工程がある。ここで用いられる道具が、ヘラだ。ヘラは、職人自身が塗師刀(ぬしとう)という小刀で木を削って作る。器が湾曲している部分にはヒノキなどの柔らかい木のヘラを、漆がはみ出した部分を拭き取るためには硬い木を使ったヘラを、お盆などの面の広い器には幅広なヘラを、腕などの深い器を塗るためには幅が狭く丸みのあるヘラを作る。塗る対象や作業内容に合わせて、都度、道具の形を考え、自ら作り、複数を組み合わせて使った結果として、漆器の深くムラのない輝きが生み出される。

AIも道具だ。格好よく言えば、ビジネス課題解決のためのツールである。ビジネス環境や業務課題に合わせて、AIというソリューションをデザインするということは、言葉それ自体は違うものの、考え方としては職人のヘラと全く同じである。しかしAIが話題になるにつれ、「一つのヘラでどこでも塗れる」のように「AI=万能」と道具の力が過信され、「最新のヘラなら何でもできる」のように「AI=自動でやってくれる」と目的に合わせて道具をデザインすることの必要性が蔑ろにされてしまっている。AIの幻想が一人歩きした結果、AI導入プロジェクトが何の価値も生み出さず失敗に終わっていくことも少なくない。

AIという道具は導入するものではなく、デザインしなければならない。なぜなら、その道具を使う先であるビジネスという代物が、漆器のように個々に形が違うからである。職人的で、精緻で、面倒なほどのこだわりが必要で、しかし出来上がったときには唯一の輝きを生み出す道具、それがAIという技術である。

※記事内でご紹介している相談内容は、企業が特定できないよう実際の内容をヒントに改変したものです。また、特定の企業様を意図して記載するものでもございません。(株式会社Laboro.AI 代表取締役CTO・藤原弘将/マーケティングディレクター・和田崇)

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