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キリンやライオン、カルビーなどが熱視線。「店内行動データ」活用が競争力になる日

連載・店舗DX―コロナ下の答え #03
キリンやライオン、カルビーなどが熱視線。「店内行動データ」活用が競争力になる日

店舗における購買前行動データの活用へ実証実験が盛んになっている(写真はイメージ)

来店客が持つ買い物かごに取り付けられた直径約4㎝の丸い薄型端末が1秒間に5回、電波を発信する。この電波を天井約30カ所に取り付けた受信機が受け、電波の強さや角度を基に買い物かごの動きを把握する。

2020年初秋、首都圏にあるドラッグストア大手の「ツルハドラッグ」2店舗で、ある実証実験が行われていた。約5万人の来店客の動線を把握するとともに、それぞれの売り場を通過した人のうち、そこに滞在した人の割合(滞在率)や、滞在した人のうち、購入した人の割合(購入率)などを可視化した。実証にはキリンホールディングス(HD)やライオン、ユニ・チャームなどの大手メーカーが参画し、来店客の購買前行動データを基にした販売促進の戦略などを検討した―。

食品や生活用品などの大手メーカーが、店舗における来店客の購買前行動データに熱い視線を送っている。技術の進化によって多様なデータが取得できるようになった中で、そのデータから顧客を理解し、売り上げ増加につながる施策を打つためだ。購買前の行動を可視化し、その活用法を模索する実証実験が盛んに行われている。店舗における顧客理解がメーカーの競争力になる日が近づいている。(取材・葭本隆太)

通過率・滞在率・購買率を可視化

ツルハドラッグでの実証実験は、サトーHD傘下のサトー(東京都港区)が開発した店内行動見える化サービス「SATO Customer Touch(サトー・カスタマー・タッチ)」を活用した。来店客の動線データと小売企業が持つID-POS(顧客情報と販売実績を連動したデータ)を突き合わせて分析できるシステムで、ある商品を購入した人がどのように店舗内を行動したかが分かる。

「サトー・カスタマー・タッチ」で使われる発信器(右)と受信機(左)。実証実験では受信機を買い物かごの底に取り付けた

実証に参加したメーカー各社が特に着目したデータも購買と行動の組み合わせだ。ライオンのトレードソリューションセンターに所属する田村雄大副主席は「行動と購買が結びつくデータは非常に価値が高いと考えています。買った人のデータはID-POSなどでこれまでも把握できましたが、その人の店内行動までは見えていませんでした」と説明する。

購買と行動のデータが紐づくことで、店頭での商品の陳列内容や販促活動の効果などを緻密に検証できる。例えば、キリンHDはツルハドラッグでの実証で、ビールや缶ジュースなどの飲料製品について、売り場ごとの滞在率や購入率を比較した。その結果、缶ジュースは他の飲料に比べて滞在率は高いものの、購入率は低かったという。同社ブランド戦略部マーケットインサイト室に所属する横山圭さんはこの結果から「滞在は多いが購入につながっていないため、品揃えや価格を再点検する必要がある」という仮説を導き出した。

一方、カルビーは19年9月―20年3月に東京都内のローソン4店舗で行われたデジタルサイネージとセンサーを活用した実証実験に参加した。同社のシリアル商品「フルグラ」について、サイネージの前に立ち止まった来店客の属性別や時間帯別などで広告コンテンツを出し分け、それぞれの広告コンテンツによって商品に触れた人の割合や滞在時間を検証した。

同社営業企画本部流通戦略部の松永遼デジタルシフト推進担当マネージャーは「(来店客の行動を可視化して)サイネージ広告(という販促活動やその出し分け)の効果を把握することが、実証実験に参加した一番の目的でした。初めての試みで、この実証実験の結果だけでは判断できていませんが、検証を続けてサイネージ広告の価値を探りたいです」と意気込む。

今はPoC段階に過ぎない

メーカーにとって店舗は重要な顧客接点だ。コロナ禍でオンラインでの購買率が上昇する中でも、買い物を楽しむ人に新しい商品などを提案できる場といった価値は変わらない。しかし、オンラインではサイトにおける動線など購買前行動の把握が進んでいるのに対し、実店舗での行動はこれまでブラックボックスだった。その中で、新しい技術により、購買前行動が可視化されるなら、メーカーにとってそのデータを使わない手はない。キリンHDの横山さんは個人的な見解と前置きした上で「(購買前行動データを基にした)店舗での顧客理解は今後、メーカーにとって競争力になる」と展望する。

とはいえ、購買前行動データの活用は、まだPoC(概念実証)の段階にすぎない。売り上げの増加につながる具体的なデータ活用法は見えていない。小売業界でデジタル活用に先進的に取り組むトライアルグループで技術開発を主導するRetail AI(東京都港区)の永田洋幸最高経営責任者(CEO)も「(これまでAIカメラを活用して)来店客が棚前で立ち止まったり、商品を手に取ったりしたデータを把握し、それを基にしたクーポン発行などを行ってきましたが、来店客の買い物行動を変えるような成果は出せていません。メーカーに喜ばれるデータやその活用法を引き続き調べていく必要があります」と説明する。

こうした中で、大手メーカーからは「まずは新しい技術によるデータ把握にどんどん挑戦して、活用できそうなデータを探っていきたい」といった声が上がる。購買前行動データの最適な活用法を検証する実証実験はまだまだ続きそうだ。

トライアルカンパニーが運営する一部のスーパーに備えられている「リテールAIカメラ」。来店客の行動の可視化などを行う

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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
あるITベンダーによると、購買前行動データの活用に現在、関心を示しているのは、一部の大手メーカーのみだそうで、取り組みはまだ始まったばかりと言えます。なお、本文中で紹介したツルハドラッグやローソンでの実証実験は「リテールAI研究会」を通して行われました。メーカーや卸、小売業など約250社が加盟する組織で、1社ではなかなかできない規模の実証実験ができる機能がメーカーなどから評価されています。

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