【動画あり】“成熟産業”の変圧器で売り上げ10倍に!見学が絶えない東京・羽村の中小企業
東京都羽村市に他社からの見学希望が絶えない企業がある。変圧器を手がけるNISSYOだ。成熟産業ともいえる変圧器で売り上げを20年で10倍に拡大。生産現場でのIoT導入やペーパーレス化を進め、「デジタルトランスフォーメーション(DX)をいち早く進めた中小企業」と紹介されることも多い。だが、久保寛一社長は「DXはあくまでも手段に過ぎない」と語る。競争力の源泉は10年がかりで構築した「PDCAサイクル」にある。
ライバルは「時代」
「ボーナスひとり当たり2万3772円減少」。工場内に設置されたモニターに不良品が発生すると、損失がわかりやすい形で反映される。材料費や労働時間から自動的にリアルタイムに算出される。
作業者の手元には設計図の紙はない。ひとり1台タブレット端末「iPad」を持ち、QRコードを読み込むと作業に必要な手順書が出てくる。文系の新入社員でもベテランでも同品質のモノがつくれるように工程はマニュアル化されている。作業中にわかりにくいところがあれば、担当者がマニュアルに書き込み、改訂される。「誰もがわかるマニュアル」の精度が日々高まる仕組みになっている。
同じ図面には複数アクセスが可能なため、作業の停滞もなく、短納期を実現する。工程ごとの図面への書き込みが記録として残るため、トレーサビリティーも確保できる。万が一、製品に不備があっても原因の特定が容易だ。
工場以外でも社内を見渡すと、部門ごとにモニターが置かれている。社員ごとの抱えている仕事や新規案件数が明示され、誰が何をやっているかが「見える化」されている。
「町工場とは思えない」。同社を訪れる見学者はデジタル化の取り組みに一様に驚きを隠さない。だが、「NISSYO=デジタル機器導入で先端を走る中小企業」と狭く捉えると本当の強みを見誤りかねない。
確かに、デジタル化への取り組みは中小企業の中では早い。2015年にiPadを50台導入(現在は全従業員数の150台)。図面のペーパーレス化を進めることで、年43万2000枚、金額にして約300万円近いコストの削減につなげた。
だが、2015年時点にはDXの青写真は全く描かれていなかった。久保社長が抱いていたのは強烈な危機感だ。
「当社が勝たなければいけないのは競合他社ではなく『時代』。そのためには時代に即した武器が必要だ。竹槍では競争に勝てない。せめて鉄砲を揃えないと太刀打ちできなくなると感じた」と振り返る。
今後、少子高齢化で中小の人手不足は明白だ。そして、製造業の付加価値もモノからコトに移行し、中小企業もデジタルの波に飲み込まれるのは確実だった。久保社長は「『時代に勝つ』という大きな目的のためには、とりあえずやれることはすぐにやる。ダメならば違う方法を考える。この繰り返し」と強調する。
目的のために、実行して改善を重ねる。この一見単純な行為こそが同社を持続成長させてきた原動力だ。
PDCAを意識する重要性
久保社長は大卒後に就職した大手電機メーカーを退職し、父親が経営するNISSYO(当時は日昭工業)に1989年に入社。1993年に社長に就いた。当時を「会社が危ないかどうかもわからなかった。社長が危機を認識してないのが最大の会社のリスクだったのかもしれない」と振り返る。父親から譲り受けた自社株には税金がかからなかった。それほど業績は芳しくなかった。
何とかしなければいけない。必死にもがいた。外部の経営者に教えも請うた。トイレ掃除を欠かさない名経営者がいると聞けば、真似てみたが何も変わらなかった。「その頃の私はトイレを掃除すれば、自然と儲かると本気で考えていた」と苦笑いを浮かべる。
多くの出会いもあり、ようやく気づく。「何のために掃除するかの意識が全くなかった」。
トイレを掃除するのは仕事をしやすくする環境整備(整理、整頓、清潔)の一環だ。そう考えれば、掃除するには適した道具が必要だし、効果的に磨く方法もある。掃除道具を置く場所も決めておいた方がやりやすくなる。この「整理、整頓、清潔」を会社のあらゆるところで考えることで、ゆっくりと業績も好転し始める。
それ以降、久保社長は常に問い続けてきた。目的はなにか。そして、そのために計画を立て、実行し、点検し、改善した。PDCAを回し続けた。
そのエッセンスが詰まったのが経営計画書。会社のルールや経営目標の数値までが詰まったバイブルだ。
経営計画書と聞くと、一般の従業員にしてみれば「他人事」に映りかねないが、久保社長は「自分事」にする取り組みを13年前から始めた。
半期に一回、社員たちが部門ごとに経営計画に沿った形で目標を一日かけて設定する。3年先の目標を定め、そこから逆算して、半期ごとの目標を決める。目標があまりにも高かったり、低かったりする場合は久保社長ら経営幹部が助言する。評価尺度も自分たちで決める。
「計画を達成できるかどうかが人事評価につながる。収入に直結するから、真剣に考える。従業員ひとりひとりが自ずと会社の経営目標を認識するようになる」(久保社長)。
目標を立て、半年後に成果を振り返り、改善し、新たな目標を立てる。このPDCAが社員ひとりひとりに根付いたことが「大きな転換点になった」(久保社長)。
社長が変われば会社も変わる
久保社長は「社長が成長しないと会社が成長しない。社長が変われば会社も変わる」と語る。新しいものを吸収しようと今でもアンテナを常に張っている。
自社に改善のヒントは転がっていない。業種を問わず、機会があれば現場を見せてもらう。そして、面白いと思えば、すぐに取り入れる。
NISSYOの工場に入ると、「いらっしゃいませ」と従業員が仕事を中断して大声で挨拶する。「ハキハキした挨拶があれば悪い気持ちにはならない」(久保社長)。これは小売業の現場からヒントを得た。
地域のものづくりネットワークの厚さも「社長の成長」に寄与している。羽村市には日野自動車の工場が立地していることもあり、同社周辺には製造業が多い。「当社の他にも地域未来牽引企業があり、情報を頻繁に交換している。例えば、IoTを導入した企業があれば教えてもらう。実際、当社も最初は必要な機器を設置してもらった。代わりにiPadを使った業務運用に興味がある企業があれば当社が教える」。情報をオープンにすることで1社で全てを手がけるよりも成長が早まる。
コロナ禍では、売り上げが落ち込んだ企業から人員を受け入れたり、業務を発注したりした。「お互いに困ったときは助け合う」(久保社長)。地域の共助の精神が雇用の維持にもつながっている。
変圧器業界は成熟産業だ。久保社長も「今の延長線上で2倍、3倍には伸びない」と語る。同時に「単純に売り上げが拡大すれば良い会社という時代でもない」と強調する。 環境負荷が小さい、社員の満足度が高い、ダイバーシティに富んでいる。良い会社の定義は時代とともに変わる。定義がかわれば、会社の業態も変わってくるのは自然だ。
久保社長は「変圧器を売るだけでなく、『仕組み』も売っていきたい」と語る。かつての久保社長がそうであったように中小企業には「何が問題か」を認識できない企業も少なくない。経営計画や人事評価システムの策定からIoTの構築まで。十数年かけて構築された「仕組み」は外販できる水準にまで磨かれた。「引き合いもある。時代に勝つために、とりあえずやってみたい」(久保社長)。
見る前に跳ぶ。久保社長とNISSYOの従業員にはこれまでと違う景色が見え始めている。
※ 新型コロナウイルスの影響で工場見学は一時見合わせています。【企業情報】
▽所在地=東京都羽村市神明台4-5-17▽社長=久保 寛一氏▽創業=1967年6月▽売上高=20億円(2020年6月期)▽従業員数=150人