三井住友FGが買収。「医療アプリ」を生んだ難病とソフトバンクの思考

連載・医療データは誰のモノ #03

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三井住友FGは9月15日にプラスメディの買収を発表した。記者会見で登壇するプラスメディの永田幹広社長(左)ら

「今までの付き合いを考えれば、ありだよな」―。医療ベンチャーのプラスメディ(東京都新宿区)の永田幹広社長兼CEO(最高経営責任者)は、2―3日前に三井住友銀行(SMBC)の担当者から口答で伝えられた買収のオファーを前向きに検討する決意を固めた。今春のことだった。

プラスメディは生活者が診察内容や検査結果、薬剤情報を確認したり、病院や薬局での待ち時間を短縮したりできるスマートフォンアプリ「MyHospital(マイホスピタル)※1」を手がける。医療機関を通して利用を促し、将来はアプリに蓄積した医療・健康データを生活者自らが利活用して最適な生活サービスを受ける仕組みを展望する。

FinTech(フィンテック)の知見を持つわけでもない自社へのオファーに永田社長は戸惑いを感じたが、元々はメーンバンクで営業支援なども受けていた関係だ。また、SMBCも個人の適切な同意の下でデータの利活用を促す「情報銀行(※2)」の枠組みで、大阪大学などと医療データの利活用について研究しており、その担当者とは定期的に情報交換していた。その中で、取り組む内容や考え方が同じだと認識していたほか、新規事業を作ろうとするSMBCの本気度を感じており、前向きな決断にそう時間はかからなかった。

そして9月15日に三井住友フィナンシャルグループ入りを発表した。その日を境に医療機関などからの問い合わせが急増している。メガバンクの看板を武器に、一気に医療機関への導入を加速させていく。すでに稼働中の東京都済生会中央病院(東京都港区)のほか、年内に複数箇所での稼働が決まっている。目指すは医療・健康データを取り扱うプラットフォーマーになり、データの利活用によって個人の生活を豊かにすること。そうした構想や思いの背景には、永田社長自らが指定された難病とソフトバンクやLINE(当時・NHN Japan)在籍時に培った経験がある。(取材・葭本隆太)

※1:マイホスピタル:病院の電子カルテとの連携によって診療情報や薬剤情報などを蓄積、閲覧できるPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)機能を持ち、患者は自分の健康管理ができる。処方箋をデジタル化して事前に薬局に送信する機能や、病院会計をオンラインで決済できる機能を搭載しており、病院や薬局での待ち時間を短縮できる。医療機関は導入により業務効率化などが図れる。
※2:情報銀行:個人の委託を受けて個人データの管理や第三者提供を行うビジネス。提供先となる第三者の条件や提供先におけるデータの利用条件を個人に適切に提示し、その内容について責任を担保する。
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患者の不満を解消できるアプリ

「15年ほど前に指定難病の『潰瘍性大腸炎』と診断され、大学病院に行く機会が増えました。そこで感じたのは(病気や治療法について話す)医者とうまくコミュニケーションが取れないし、飲んでいる薬の善し悪しもよくわからないということ。予約しても時間通りに始まらないし、会計までの待ち時間の長さも不満でした。そうした患者の不満を解消できるアプリがあればいいと思いました」。

プラスメディの永田社長

永田社長はマイホスピタルを考案したきっかけをそう説明する。大学病院に通いながら不満を募らせていく中で、アプリ開発を決意したのは2015年ころだ。小・中学校の同窓で幼なじみだった東京慈恵会医科大学の髙尾洋之准教授に病院への不満やアプリの構想を打ち明けたことが直接の契機になった。

「『だったら(アプリ開発を)やれば』と高尾先生に言われ、ではやろうと決めました」

慈恵医大ではICTの利活用を進めており、髙尾准教授はその推進役だった。患者の負担軽減を図るアプリを民間企業と共同開発していた。永田社長は16年12月にプラスメディを創業し、17年3月にそのアプリ事業を民間企業から譲り受け、アプリ開発・提供の挑戦を本格的に始めた。慈恵医大附属病院でテスト提供を行い、より使いやすくブラッシュアップして現在の「マイホスピタル」を作り上げた。

ただ、無名のベンチャーが開発したアプリを率先して導入する医療機関が現れるはずはない。営業時には医療未経験ゆえの風当たりの強さも感じた。その逆風の中で、突破口を作ったのがメーンバンクのSMBCだ。済生会中央病院を紹介され、19年7月の導入につながった。

「済生会中央病院は、患者に診療情報を返すことに意義を感じていました。診療情報は患者のものという意識が強く、(済生会中央病院で受けた診察内容や検査結果を患者が身近な町の病院にアプリを通して示すことで、より適切な医療が受けられる)地域医療連携のツールとしてもマッチしました。待ち時間の解消といった患者の満足度を挙げる機能にも強い関心を示され、(提案後に)早い段階で導入を決断してもらいました」

“ばらまき”ができるビジネスモデル

永田社長はアプリを事業化する上で念頭に置いていたことがある。個人がメリットを感じるサービスを作り、それに見合う対価を個人が支払うビジネスモデルを構築することだ。医療機関には費用負担を求めないモデル(※3)にすることでアプリの“ばらまき”ができるようにした。

※3:医療機関はマイホスピタル導入時に電子カルテと連携するための初期費用を電子カルテメーカーに支払う必要はある。

「LINEなどで個人向け事業を手がけてきたので、個人目線でビジネスを作る力は自分の強みです。個人は直接的なメリットを感じればお金を払います。また、法人向けビジネスは限界があると考えています。例えば、病院は全国約11万か所ですが、個人は億の単位です。一人1円でも2円でも支払ってもらえれば成り立ちます。一方のばらまき戦略はソフトバンクの思考です。(ソフトバンク在籍時に)孫正義社長の下で(インターネット接続サービスである)『ヤフーBB』の立ち上げに携わりました。(ADSLモデムの)ばらまきによってトップシェアを獲得したモデルを体感しました。(マイホスピタルも医療機関の導入が一気に進み)プラットフォーム化すればいくらでもビジネスはできると考えています」。

こうした考えの下で設計したマイホスピタルの収益源が、オンライン決済サービスだ。アプリにクレジットカードを登録して1回150円(消費税抜き)を支払えば、診察後すぐに帰宅できる。会計までの待ち時間を解消できる。

「マイホスピタル」は会計までの待ち時間の解消サービスを収益源にしている(写真はイメージ)

「いろいろな方に『1回150円も払うわけない』と言われましたが、実際は払います。例えば、大学病院では(会計に)1時間以上も待つことがあり、車で来院した場合は駐車場代を支払うより安くなるケースがあります。小児科の受診であれば、待ち時間は長くないかもしれませんが、小さい子供を連れていると1分1秒でも早く帰りたいと思うはずです。済生会中央病院での具体的な利用件数は非公表ですが、予想より高い利用率になっており、ビジネスとして成り立つモデルと実感しています」

とはいえ、オンライン決済は収益源の一つに過ぎない。医療機関への導入を拡大させていくと同時に、マイホスピタルに蓄積される医療・健康データを適切な同意の下で活用し、食事や運動、保険などをテーマに各個人に合った多様な生活サービスを提供する構想を持つ。今後2-3年でSMBCグループの一員として情報銀行ビジネスを作り上げていく。

「テーマは生活を豊かにすること。この病気(潰瘍性大腸炎)になったことは仕方がないと思いますが、それによって豊かさが失われた部分があります。トイレの場所や食事を常に気にする必要があるとか。(そうした経験を踏まえ、)マイホスピタルのサポートによって仮に病気になっても豊かさが増したり、病気になりそうな人が豊かさを失わないようにしたりしたいと考えています」

患者目線を第一に

一方、個人の医療・健康データの利活用には慎重論がある。機微情報のため高いセキュリティー管理が求められるのはもちろんだが、「医療情報は専門性が高く、生活者はそのデータが知られることによる損得の理解が難しいため、『情報銀行』のような枠組みで第三者提供はしない方がいい」(医療業界関係者)と懸念する声が上がる。

個人を軸にした医療・健康データの利活用には慎重論がある(写真はイメージ)

こうした慎重論に対して永田社長は「医療データはそのまま項目や検査の数値を示しても(一般の人が)その意味がわからないケースは確かにあります。(マイホスピタルでは)その検査や数値の意味、どのような疾病と関係するのかといった情報も合わせて紹介して利用者の状態に合わせたサービスを提案し、個人が選択できる環境をしっかり作ります」と力を込める。

「患者の目線を第一に考えました。患者が求める姿を追及しました。そこは今もぶれていません」―。永田社長はマイホスピタルの開発で最も意識したことをそう強調する。医療・健康データを利活用する情報銀行ビジネスの構築へ、この姿勢を愚直に貫くことは欠かせない。

【連載・医療データは誰のモノ】
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COMMENT

葭本隆太
デジタルメディア局
ニュースイッチ編集長

メガバンクによる医療ベンチャーの買収ということで注目されたプラスメディを取材しました。診療情報を蓄積するPHRは誰がシステムの運用費を負担するかが課題になりますが、医療機関が一般的です。その中で、個人からもらい受ける珍しいモデルです。今後の情報銀行ビジネスを含め、このモデルが持続的に発展していけるか、注目していきたいです。

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