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医療相談アプリに信念。心臓外科医が考える遠隔診療の構造的問題

連載・医療データは誰のモノ #06
医療相談アプリに信念。心臓外科医が考える遠隔診療の構造的問題

リーバーは医師の働き方改革につながる「医療相談」にこだわって展開する

「適切な医療受診行動を支援する仕組みは必要だ」―。医療相談アプリ「LEBER(リーバー)」を運営するリーバー(茨城県つくば市)の伊藤俊一郎CEOは、地元・茨城の県民を対象として4-9月に無償提供したリーバーの成果を前に思いを新たにした。24時間365日チャットで医師に相談できるリーバーが、新型コロナウイルス感染拡大の最中において生活者の不安解消や医療機関の負担軽減に貢献したからだ(※1)。

リーバーは、チャットボットとの対話を通して利用者の症状を体系化した上で、約300人の医師がチャットで相談に回答する。コロナ禍で注目度が高まる「オンライン診療」ではなく「医療相談」にこだわって展開する。直近では新型コロナ対策として6月に投入した生徒の体温や体調管理を簡易化したり、そのデータを集団分析して予防行動を促したりする学校向けサービス「LEBER for School」の利用が小・中学校など110件以上に広がる。こうしたサービス設計の背景には、心臓外科医として病院に約10年勤務した伊藤CEOが医療現場で感じてきた問題意識がある。伊藤CEOにリーバーが目指す医療や健康管理の将来像などを聞いた。(聞き手・葭本隆太)

※1:医療相談アプリ「LEBER」の実績:24時間365日チャットで医師に月350円で何度も相談できるスマートフォンアプリ。「症状」や「部位」などチャットボットからの選択式の問いかけに利用者が回答すると相談内容に合わせた医師につながる。相談から5分以内に65%、30分以内に95%が回答しているという。茨城県民に対する4―9月の無償提供では約6700件の相談があり、利用者の76%が「不安が減った」と回答。65%が「病院に行かずに済んだ」と答えた。ダウンロード数は10万件以上。

医師の働き方改革を進める最適解

―「リーバー」開発の経緯を教えてください。
 心臓外科医として10年ほど医療現場で働く中で、大きな問題がいくつかあると考えていました。その一つが病院で働く医師の疲弊です。深夜などの受診には医師として(症状が軽微で)不要不急と思えるものがあります。とはいえ、それを不要不急と切り捨てるのではなく、(軽症でも病院を受診したいと思う)患者の不安に寄り添うサービスを作りたいと考えました。また、医師も国民も市販薬を十分に活用できていないと感じており、軽い症状は市販薬を生かしたセルフケア、セルフメディケーションで対応する体制が大事だと思っていました。

リーバーの伊藤俊一郎CEO

―そうした問題意識を解決する最適解がチャットによる「医療相談」だったと。
 (オンラインで医師に相談する方法として)ビデオ通話型かチャットによるテキスト型のどちらを利用するかを考たときに、ビデオ通話では医師の働き方改革につながらないと思いました。通話時間は拘束されますから。チャットはボットを介在させることで、医師の対応時間を短縮できます。

―「オンライン診療」の初診解禁が恒常化される方向で議論が進むなど注目を集めていますが、今後「オンライン診療」を手がけるお考えはありますか。
 オンライン診療は、ビデオ通話をベースに考えると構造的に難しいという思いがあります。例えば、患者が腹痛を訴えたときはお腹を触ったり押したりして、痛いのは押したときか、離したときかを調べますが、(ビデオ通話では)そうした微妙な診察ができません。(それでもビデオ通話で一定の診断を下して)「もし調子が悪ければ病院に来て下さい」という話になると、(医療費の)二重取りになります。そう考えると、オンライン診療は軽症者を見るべきで、それなら医療相談でも対応できます。(数が限られている医師が対面診療すべきか否かを判断する)トリアージ機能は医療相談で行うべきという信念があります。

―別のオンライン医療相談サービスでは医師による患者への暴言が問題になりました。
 リーバーでは回答を第三者の医師や看護師がチェックする体制を取っており、定期的に回答を確認しています。(リーバーでも)素っ気ない回答を行う医師は見受けられます。そうした医師に対しては注意したり、仮にそこで誤解を生みそうな回答があれば、利用者をサポートしたりしています。私(が理事長を務める医療法人で)は9つの医療機関を経営していますが、オフラインもオンラインも問題になるポイントは似通っています。仮にトラブルが起きたときには医療機関と同様に対応します。

―医療相談のリスクとしては重篤な疾患を見逃し、後々訴訟に発展する可能性も懸念されます。
 (訴訟リスクは)サービス開始前から投資家にも指摘されましたし、私自身も心配していました。ただ、利用者にはあくまで自己判断の一助として一般的なアドバイスを行っているということを伝え、同意を得た上で使ってもらっているので、問題は起きづらいです。医療相談の主役はあくまで患者です。また、医療相談は(こども医療電話相談の)「♯(シャープ)8000」や生命保険の付帯サービスなどが従前からあり、これまで大きな訴訟になった事例はありません。

―「患者が主役」を前提にした場合の医師による適切な助言とはどのようなものでしょうか。
 「もし、このような症状が出たら医療機関を受診して」というように判断材料を伝えられるのがシャープな回答でしょう。リーバーは主に看護師が対応する♯8000などと比べると、医師による一歩踏み込んだ助言が出来ていると思います。

医療相談の流れ

―リーバーの将来展望を教えてください。
 医師に24時間相談できる仕組みは明らかな価値です。そのUI・UXをさらに磨いて、病院に行くかどうか迷った時はまずリーバーを使うという世界を作りたいです。現状はアプリを継続利用していただいている方が少ないので、チャットボットが患者に寄り添うことで手放せなくなる世界観を目指しています。2024年には500万ダウンロード以上を目標にしています。対面診療をオンラインに置き換えるのではなく、よりよい医療を提供するためのプラスアルファとして広げていきたいです。

データは本人の健康のために活用すべき

―「LEBER for School」提供の経緯を教えてください。
 新型コロナ感染拡大を背景に厚生労働省は2月に高齢者施設に対して職員の体温・体調管理をチェックするよう要請しました。我々(が運営する高齢者施設で)も当初、紙に書いていましたが、(わざわざ出勤して)施設の現場でそれを書いていては感染防止にならないだろうと思いました。また、自分の子供も保育園に通うときには(体温や体調を)紙に書いていました。小学校も中学校も企業でも同様に取り組まれており、DX(デジタルトランスフォーメーション)を早急に行う必要があると思い、開発しました。その上でつくば市長に導入を提案したところ、つくば市とつくばみらい市の公立の小・中学校で導入が決まりました。

―「for School」によって収集したデータは集団分析により、市内の学校発熱者の割合を毎日アプリで表示するデータの利活用を行っています。
 それもサービスを開発する理由にありました。体温は重要なバイタルデータです。私自身が医師として入院患者を診ていたときは体温の変化によって異変を早期発見していました。また、厚労省はLINE利用者を対象に新型コロナに関連した全国調査を行い、その結果を政策に生かしていました。この二つを踏まえて、体温と症状について(集団の変化を)俯瞰する体制は必要と考えていました。適切な予防行動が取れるように注意喚起できますから。例えば、発熱者の割合が高まっていれば、より注意深く行動するきっかけになりますし、逆にその割合が低い夏の暑い日にマスクをつけるのは違うのではと考えることができます。データには説得力があり、わかりやすい形で示せれば社会の行動変容を起こせます。

―厚労省の全国調査は突然の通知だったこともあってか、データ提供に戸惑われた生活者もいました。
 私は価値ある取り組みだったと思います。ただ、(厚労省の全国調査は)具体的にデータがどこでどのように利活用されているのかが見えずらかった面はあると思います。本人の健康のために活用されないと渡したくはないはずです。医療データは誰のモノかと議論されますが、私は本人のものという思いがあります。(データ提供者にその利活用の価値を示すには)リアルタイムに本人の健康に関わる分析結果を届けられるとよいと思います。

―学校発熱者の割合について現状はつくば市など市の単位で開示しています。
 (データ利活用による行動変容を促す効果を考えると)本当は学校ごとに示したいと思うのですが、それでは(コロナ感染者が発生している)危険な学校と周囲に捉えられる風評リスクがあります。(開示するエリアの単位は)今後、慎重に検討していきます。

―「for School」の導入が広がっていますが、コロナ禍の一時的な需要なのでしょうか。
 (「for School」の利用により体調管理が意識させられた効果として)風邪を引く小中学生が減りました。風邪で学校を休まなくてすむようになったことで、教育の継続性の効果があると言えます。そのため(仮にコロナが収束した後も)持続は提案したいです。ただ、続けるのは面倒くさいという声はあるでしょう。インフルエンザの流行時期など危険な季節に限って予防ツールとして利用してもらう形がよいのかなと考えています。

【連載・医療データは誰のモノ】
 #01 コロナ時代の武器に。健康医療データ持ち歩く「PHR」のすべて(10月6日公開)
 #02 【日本医師会の主張】PHRの価値と懸念(10月7日公開)
 #03 三井住友FGが認めた医療アプリの正体(10月8日公開)
 #04 医療問題噴出の「2025年」迫る。地方行政たちの悪戦苦闘(10月15日公開)
 #05 糖尿病やアトピー、患者同士の交流アプリが医療を変える(11月5日公開)
 #06 医療相談アプリに信念。元心臓外科医が考える遠隔診療の構造的問題(11月11日公開)

ニュースイッチオリジナル
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
オンライン「診療」ではなく「医療相談」にこだわって展開する理由に納得しました。伊藤CEOが指摘する「微妙な診察」をテクノロジーによって実現され、オンラインにおいて“本当の”診療ができる時代は来るでしょうか。

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