日本医師会の主張、医療健康データ持ち歩く「PHR」の価値と懸念

連載・医療データは誰のモノ #02

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日本医師会は「PHR」を極めて重要なツールと捉えている

生活者がスマートフォンで診療情報を確認したり、毎日の血圧や歩数などの健康データを記録したりできる「PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)」は、予防医療(※1)を推進する要として期待されている。医療・健康データの二次利用を推進する基盤として期待する向きもある。では、実際にPHRは医療をどう変えるか、また、機微情報である健康・医療データを扱う仕組みとしてどのような運用方法が適切か。開業医や勤務医など全国の医師約17万人で構成する公益社団法人「日本医師会」で医療政策・情報分野などを担当する長島公之常任理事に聞いた。(聞き手・葭本隆太)

※1:予防医療:生活習慣の改善や予防接種などによって病気になるのを防ぐほか、たとえ病気になっても早期に発見・治療して重症化を防いだり、病気からの回復を早めて再発を防いだりすること。

かかりつけ医と一緒に利活用を

―日本医師会としてPHRの可能性をどのように捉えていますか。
 国民の健康や医療のために極めて役立つツールだと考えています。その中で効果を発揮し、安全に運用するには「かかりつけ医」のような医療専門職が国民に寄り添って一緒に利活用することが欠かせません。

―具体的にはどのような役割が期待できるでしょうか。
 国民が日常の健康増進を行う「1次予防」、早期治療や重症化を防ぐ「2次予防」、機能の維持や回復を図る「3次予防」の3つの予防の実現で重要な役割を果たします。今までの医療は診断と治療が中心でしたが、「人生100年時代」は予防が極めて重要になります。

PHRには毎日の(血圧や歩数といった)健康データや(診察時に発生する検査結果などの)診療データの蓄積が期待されます。そうしたデータを本人が把握することで、日常生活の変容や健康増進、重症化予防などを促せます。医師は24時間付き添っているわけにはいきません。しっかり本人に自覚してもらって適した生活を行ってもらうのに役立ちます。

また、早期治療や重症化予防などにおいては(地域の医療機関同士がネットワークを結び患者の医療情報を共有する)「EHR(地域医療情報連携ネットワーク)」と組み合わせて活用する形が最適でしょう。(医療機関同士の情報連携に加えて、)PHRによって医師が毎日の健康データを把握することで、適切な診断や指導につながります。救急時や災害時も(スマートフォンアプリケーションなどのPHRを通して患者の既往歴やアレルギー情報などが即座に把握できれば)医療行為に役立ちます。また、(機能の維持や回復に関わる)在宅医療や医療介護などにおいても毎日の健康データが多職種で共有できると役立ちます。

いずれにしてもPHR利活用の中心は国民ですが、上手に利活用するには専門的な知識が必要です。さらに生活を変える指導などにおいては、本人の生活や性格を把握していなければ難しい。だからこそ最初にも申し上げましたが、利活用にはかかりつけ医が寄り添うことが重要だと考えています。

―毎日の健康データの把握は医療の質の向上に貢献するのでしょうか。
 医療機関側では集められない、客観的で生活に直結した毎日の健康データがかかりつけ医に伝わる意義は大きいです。それに基づく指導や治療薬の選択が可能になります。しっかり指導に従って生活しているか、薬の効果が出ているかの判定にも役立ちます。また、ウェアラブル端末などを通して送信される毎日の健康データをリアルタイムに把握できれば、特に生活習慣の改善指導に役立つ可能性は高いでしょう。

ただ、そこで重要なのはデータの質です。質が悪ければ、判断を間違える可能性があります。それに(PHRに蓄積される健康データは)医師が医療行為のために必要と考えるデータであると効果的です。そのため、民間企業と医療界が最初から連携してよいアプリケーションを作っていくのが望ましいです。

渡すべき診療データの範囲は?

―民間PHRサービスの中には健康データの可視化と機械による自動の助言によって生活習慣の改善を促すアプリもあります。
 そうしたアプリも効果と安全性を担保する必要があります。個別性が高くなり、治療に結びつくような助言であれば、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」上の医療機器に相当する可能性が出てきます。それを曖昧にしておくと生活者の役には立ちません。効果と安全性を担保している民間事業者を育成する必要があると思いますし、そこでも医療の専門家が関わることが役立つと考えています。

長島公之常務理事

―診療データは専門的な内容を含みます。これをPHRに蓄積する際も専門家の役割は重要になりますね。
 診療データはかかりつけ医がしっかりとした説明を付け加えて必要か、役に立つと判断した情報を患者に渡すことが大事です。(渡す情報の具体的な範囲については)かかりつけ医が患者本人と話して決めるべきです。検査結果の細かい値の意味などを理解するのは難しいですから、(かかりつけ医が関わった)適切な判断なしに情報を渡すと誤解や混乱を招く懸念があります。

―PHRの利活用に当たってはかかりつけ医が寄り添う重要性を指摘されていますが、例えば本人の意志でフィットネスクラブなどに提示して運動指導を受けるといった使い方も想定されます。
 運動指導もしかるべき専門家でなければ適切な指導になりません。日本医師会では健康スポーツ医という資格認定制度を運用しており、そういった資格者に関わってもらう形が望ましいでしょう。

二次利用は本人活用の次

―PHRはビジネスモデルの構築が難しく、普及に向けて費用負担の所在が課題として指摘されますが、どの主体が負担すべきと考えますか。
 受益者負担が原則でしょう。例えば、地方自治体が住民の健康増進のために使って、地域の医療費の抑制につながれば、自治体のメリットになります。そういう事例は出てきています。安全性と目的外使用がされないという体制をしっかり整える意味でも、まずは公的機関が関わることが重要だと考えます。

―PHRの普及に向けては国民の健康意識の低さも課題です。
 PHRは所詮ツールです。本人がそれを役立てようと思わない限りは意味がありません。国民に健康意識を高めてもらうことは大事ですから、学校教育の時点で働きかける必要があるでしょう。

―PHRを通して蓄積されたデータは、二次利用も展望されています。
 まずは本人の健康のため、一次利用をしっかり行うこと。本来はそれを唯一の目的にすべきだと考えています。(とはいえ)次の段階として国全体の今後の健康のための研究に使う二次利用もあるでしょう。その際には個人情報を保護できる環境整備と本人の意志を確認して使っていくことが欠かせません。民間による活用はさらにその後だと考えています。

―二次利用をめぐっては、個人の適切な同意の下で外部の民間企業に仲介して個人データの活用を促す「情報銀行」というビジネスが立ち上がろうとしていますが、この動きをどう見ていますか。
 医療・健康データは機微性や特殊性が非常に高いものです。個人情報保護法に基づく要配慮個人情報(※2)に位置づけられているのはその証拠です。(民間企業には)その原則をしっかり守っていただくということに尽きます。基本的にはまず本人に役立つということを第一優先にすべきです。

※2:要配慮個人情報:不当な差別、偏見その他の不利益が生じないように取扱いに配慮を要する情報。民間企業が行う要配慮個人情報の取得や第三者提供は、原則として本人の同意が必要。

【連載・医療データは誰のモノ】
 #01・コロナ時代の武器に。健康医療データ持ち歩く「PHR」のすべて(10月6日公開)
 #02・【日本医師会の主張】PHRの価値と懸念(10月7日公開)
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 #04・医療問題噴出の「2025年」迫る。地方行政たちの悪戦苦闘(近日公開)

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COMMENT

葭本隆太
デジタルメディア局
ニュースイッチ編集長

「PHR」は信頼する医師から勧められると使い始めたり、継続的に利用したりするという話を聞きます。日本医師会の長島常任理事はPHRの利活用時における「かかりつけ医」の重要性を強調していますが、PHRを普及させていく面でも期待される役割は大きくなりそうです。

キーワード
日本医師会 PHR

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