お金だけじゃない動機も…若年層が注目する新たな不動産投資のかたち
興亡・不動産-テックの衝動(1)
「不動産業は情報通信技術(ICT)導入の最後の巨大市場」-。IT企業から皮肉と期待を込めたこんな言葉が聞こえてくる。不動産業界は長らくICT導入の遅れが叫ばれた。例えば、事業者同士が物件情報を交換する際には未だにファクスが主流として使われる。そうした業界に変革の兆しが見えている。ICTを活用した不動産関連サービスを手がけるベンチャー「不動産テック企業」が続々と登場し、既存の業界も無視できない存在になっている。「人口減少などを見据えると不動産業界は成長の限界が近い。ICTによる生産性向上は避けて通れない課題になった」(アナリスト)からだ。
不動産テックのサービスは多岐にわたる。そこには業界の業務を効率化するだけでなく、新たな市場を生み出す仕組みもある。不動産業界はICTによってどのような革新を遂げるのか。全8回で興亡の実像に迫る。
インターネットを通じて個人が不動産事業に気軽に投資できる「不動産クラウドファンディング」。不動産テックサービスの一つに分類され、その注目度が高まっている。事業者や行政は空き家再生による地方創生事業などの資金調達手法として期待を寄せる。また、1口1万円から気軽に不動産投資ができる新たな資産形成手法として若い世代などが注目する。ICTによって新たな不動産投資市場が形成されようとしている。
「まずは一つ形がしっかりできた」。3月の京都市東山区。リノベーションを施し、宿泊施設に再生した京町家を前にクラウドリアルティ(東京都千代田区)の鬼頭武嗣代表取締役は胸をなで下ろした。再生事業資金は7200万円。同社がCFを行い、その全額を個人投資家110人から集めた。
鬼頭代表取締役はCF成立による安堵と同時に大きな手応えをつかんだ。110人の投資家のうち、3割が投資未経験者だったため「金銭面の利益だけでなく事業自体の魅力が参加者を惹きつけたのだろう」と推察できたからだ。鬼頭代表取締役は2014年の起業時に「利回り以外の事業の価値も含めて投資家に提示し、資金を調達できる不動産投資市場を構築したい」と目標を掲げた。京町家の再生という価値を訴求した自社の国内第1号案件のCF成立はその達成に向けた確かな一歩になった。
クラウドリアルティはCFを活用して不動産事業に融資する金融機関だ。京町家の再生では特別目的会社(SPC)を設立して個人投資家から集めた出資金を融資し、その資金で京町家物件の取得や再生、その後の運営を行っている。SPCの事業運営はトマルバ(京都市)に委託し、施設の運用益や売却益を投資家に戻すスキームだ。築古の木造家屋では担保価値が付かず、既存の金融機関からは資金調達できずにいたトマルバの相談を受けてCFを実施した。
CFは17年5月に1口5万円、最低3口15万円から募集した結果、約4週間で満額を達成した。オンラインを活用した新しい仕組みのため、投資家はITリテラシーの高い30-40代が中心。その中からは「(金銭的なリターンだけではなく)京町家が宿泊施設に再生する過程に興味を持った」という動機が聞かれた。運用期間は3年。想定利回りは10%と高く設定している。
クラウドリアルティはトマルバのように既存の金融機関から融資を受けにくい案件の相談を全国から受けている。すでに東京都渋谷区の保育園建設事業の資金など国内外で10件のCFが成立した。鬼頭代表取締役は「地方の事業などに対するリスクマネーの供給は日本の課題。解決したい」と意気込む。
CFには空き家を活用した地方創生事業の資金調達手法として国土交通省が強い期待を寄せる。ただ、CF事業者からは「CFは魔法のつえではない」との反発も上がる。CFは既存の金融機関に比べてリスクを取るが、事業性を精査した上で手を出せないケースは当然ある。特に人口が減った地域の空き家活用などは難しくなる。このため、国交省は空き家再生事業におけるCF活用の拡大に向けて支援を検討するという。
一方、現状の不動産CFは「貸し付け型」と呼ばれ、不動産を担保として企業に小口で出資し、企業が得た利益を基に安定した利回りを得る商品が主流だ。1口1万円からオンラインで気軽に不動産に投資でき、30-40代の会社員などの応募が多いという。
「数千万-1億円規模の案件の場合、募集開始から5分程度で満額に達する。顧客からはなかなか投資できないとクレームを受けるほどだ」。国内初の不動産特化型CFサービス「オーナーズブック」を14年に始めたロードスターキャピタルの岩野達志社長は不動産CF市場の急成長に驚きを隠さない。
「オーナーズブック」は不動産CFの認知が広がり始めた16年夏頃から会員数が急増した。この1年で約3倍の約1万8600人に上った。会員は「株やFXなどの投資経験を持つ人がほとんど。(価格変動が激しい)株式などに比べて利回りが見通しやすい商品として投資している」という。
投資商品としての不動産CFの人気の背景について野村総合研究所の谷山智彦上級研究員は「安定した利益を小口の資金から得られるからだ。不動産は元々安定した投資先として魅力的だが、個人が投資できる機会は限られていた。アパート経営か不動産投資信託(Jリート)しかなかった。前者はリスクが高く、後者は価格変動が大きい。不動産CFはその中間で投資しやすい」と分析する。
不動産CFを巡っては15年の金融商品取引法の改正や17年の不動産特定共同事業法の改正により、オンライン投資を後押しする環境が整ってきたことが、市場の成長につながっている。
一方、成長する市場には懸念がある。「不動産CFの運営会社が破綻した場合、たとえ分別管理していても投資家の資金がどこまで担保されるかは分からない」(業界関係者)。また、過去にはCF事業者が投資家から集めた資金を別の事業に流用する悪質な事例も発生した。インターネットで気軽に投資できるため、投資家に元本割れのリスクなどが周知できているのか懐疑的な声も多い。
不動産CF市場には不動産運用大手のケネディクスが今夏にも参入するなど、競争は激しさを増す。ただ、各社の成長には消費者にリスクの理解を積極的に促すなど安心安全な市場の構築という大前提が欠かせない。
【01】お金だけじゃない動機も…若年層が注目する新たな不動産投資のかたち
【02】開拓者に聞く クラウドファンディングだから実現できる本当の不動産投資市場
【03】ソニー不動産の挑戦が示したこと 業界に“メルカリ”は生まれないのか
【04】売り上げがたたない…不動産業界でテック企業が生き残るための必須条件
【05】ブロックチェーンが賃貸住宅をホテルに変える?
【06】“不動産テック1.0”の立役者が描く未来【井上高志ライフル社長インタビュー】
【07】不動産仲介大手が火花散らす、“ICT競争時代”に入った
【08】「ソサエティ5.0」実現へ、国土交通省は不動産業の情報化を加速する
不動産テックのサービスは多岐にわたる。そこには業界の業務を効率化するだけでなく、新たな市場を生み出す仕組みもある。不動産業界はICTによってどのような革新を遂げるのか。全8回で興亡の実像に迫る。
個人投資家110人の出資金で京町家を再生した
インターネットを通じて個人が不動産事業に気軽に投資できる「不動産クラウドファンディング」。不動産テックサービスの一つに分類され、その注目度が高まっている。事業者や行政は空き家再生による地方創生事業などの資金調達手法として期待を寄せる。また、1口1万円から気軽に不動産投資ができる新たな資産形成手法として若い世代などが注目する。ICTによって新たな不動産投資市場が形成されようとしている。
「まずは一つ形がしっかりできた」。3月の京都市東山区。リノベーションを施し、宿泊施設に再生した京町家を前にクラウドリアルティ(東京都千代田区)の鬼頭武嗣代表取締役は胸をなで下ろした。再生事業資金は7200万円。同社がCFを行い、その全額を個人投資家110人から集めた。
鬼頭代表取締役はCF成立による安堵と同時に大きな手応えをつかんだ。110人の投資家のうち、3割が投資未経験者だったため「金銭面の利益だけでなく事業自体の魅力が参加者を惹きつけたのだろう」と推察できたからだ。鬼頭代表取締役は2014年の起業時に「利回り以外の事業の価値も含めて投資家に提示し、資金を調達できる不動産投資市場を構築したい」と目標を掲げた。京町家の再生という価値を訴求した自社の国内第1号案件のCF成立はその達成に向けた確かな一歩になった。
クラウドリアルティはCFを活用して不動産事業に融資する金融機関だ。京町家の再生では特別目的会社(SPC)を設立して個人投資家から集めた出資金を融資し、その資金で京町家物件の取得や再生、その後の運営を行っている。SPCの事業運営はトマルバ(京都市)に委託し、施設の運用益や売却益を投資家に戻すスキームだ。築古の木造家屋では担保価値が付かず、既存の金融機関からは資金調達できずにいたトマルバの相談を受けてCFを実施した。
CFは17年5月に1口5万円、最低3口15万円から募集した結果、約4週間で満額を達成した。オンラインを活用した新しい仕組みのため、投資家はITリテラシーの高い30-40代が中心。その中からは「(金銭的なリターンだけではなく)京町家が宿泊施設に再生する過程に興味を持った」という動機が聞かれた。運用期間は3年。想定利回りは10%と高く設定している。
クラウドリアルティはトマルバのように既存の金融機関から融資を受けにくい案件の相談を全国から受けている。すでに東京都渋谷区の保育園建設事業の資金など国内外で10件のCFが成立した。鬼頭代表取締役は「地方の事業などに対するリスクマネーの供給は日本の課題。解決したい」と意気込む。
CFには空き家を活用した地方創生事業の資金調達手法として国土交通省が強い期待を寄せる。ただ、CF事業者からは「CFは魔法のつえではない」との反発も上がる。CFは既存の金融機関に比べてリスクを取るが、事業性を精査した上で手を出せないケースは当然ある。特に人口が減った地域の空き家活用などは難しくなる。このため、国交省は空き家再生事業におけるCF活用の拡大に向けて支援を検討するという。
1億円規模の投資案件が5分で満額に
一方、現状の不動産CFは「貸し付け型」と呼ばれ、不動産を担保として企業に小口で出資し、企業が得た利益を基に安定した利回りを得る商品が主流だ。1口1万円からオンラインで気軽に不動産に投資でき、30-40代の会社員などの応募が多いという。
「数千万-1億円規模の案件の場合、募集開始から5分程度で満額に達する。顧客からはなかなか投資できないとクレームを受けるほどだ」。国内初の不動産特化型CFサービス「オーナーズブック」を14年に始めたロードスターキャピタルの岩野達志社長は不動産CF市場の急成長に驚きを隠さない。
「オーナーズブック」は不動産CFの認知が広がり始めた16年夏頃から会員数が急増した。この1年で約3倍の約1万8600人に上った。会員は「株やFXなどの投資経験を持つ人がほとんど。(価格変動が激しい)株式などに比べて利回りが見通しやすい商品として投資している」という。
投資商品としての不動産CFの人気の背景について野村総合研究所の谷山智彦上級研究員は「安定した利益を小口の資金から得られるからだ。不動産は元々安定した投資先として魅力的だが、個人が投資できる機会は限られていた。アパート経営か不動産投資信託(Jリート)しかなかった。前者はリスクが高く、後者は価格変動が大きい。不動産CFはその中間で投資しやすい」と分析する。
不動産CFを巡っては15年の金融商品取引法の改正や17年の不動産特定共同事業法の改正により、オンライン投資を後押しする環境が整ってきたことが、市場の成長につながっている。
一方、成長する市場には懸念がある。「不動産CFの運営会社が破綻した場合、たとえ分別管理していても投資家の資金がどこまで担保されるかは分からない」(業界関係者)。また、過去にはCF事業者が投資家から集めた資金を別の事業に流用する悪質な事例も発生した。インターネットで気軽に投資できるため、投資家に元本割れのリスクなどが周知できているのか懐疑的な声も多い。
不動産CF市場には不動産運用大手のケネディクスが今夏にも参入するなど、競争は激しさを増す。ただ、各社の成長には消費者にリスクの理解を積極的に促すなど安心安全な市場の構築という大前提が欠かせない。
興亡・不動産 -テックの衝動
【01】お金だけじゃない動機も…若年層が注目する新たな不動産投資のかたち
【02】開拓者に聞く クラウドファンディングだから実現できる本当の不動産投資市場
【03】ソニー不動産の挑戦が示したこと 業界に“メルカリ”は生まれないのか
【04】売り上げがたたない…不動産業界でテック企業が生き残るための必須条件
【05】ブロックチェーンが賃貸住宅をホテルに変える?
【06】“不動産テック1.0”の立役者が描く未来【井上高志ライフル社長インタビュー】
【07】不動産仲介大手が火花散らす、“ICT競争時代”に入った
【08】「ソサエティ5.0」実現へ、国土交通省は不動産業の情報化を加速する
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