論文査読不正の背景にある学術界の歪み
研究成果を評価する査読での不正が問題となっている。論文の査読は同業の研究者が審査するピア・レビューの形で行われる。これは論文採択の判断だけでなく、助成金の採択や研究者の昇進など、学術界の根幹をなす仕組みだ。国内で論文著者が審査コメントを作って査読者に提供する「査読操作」の不適切行為が発覚し、文部科学省は日本学術会議に審議を依頼した。この回答では不適切行為を類型化しガイドラインの更新を求めた。
「査読者が枯渇し、投稿者自身に査読者を推薦させ、投稿者と査読者の不適切な関係を生んでいる可能性がある」―。査読不正の背景には学術界の歪みがある。科学誌の出版社や論文の急増で査読需要が増大し、年間1500万時間が却下された論文の査読に費やされているという試算もある。査読の品質管理は難しい。建設的なコメントの意味を履き違え、投稿者に追加実験を要求する査読者が看過できない割合で存在するとされる。ピア・レビューの限界を迎えている。
こうした査読の煩わしさを回避するために、研究者は知恵を絞った。その一つが研究者同士で互助会的な査読偽装グループを組む手法だ。推薦制度を利用して互いを推薦し合えば、一定の確率で査読が割り当てられる。グループの中では査読を甘くできる。数十人程度のグループでも、狭い研究領域ならカバーでき、科学誌の編集者にも気づかれにくい。他にもメールアドレスを偽装し査読者になりすます手口や膨大な追加実験を要求して研究を停滞させる手口など、八つの不適切行為を報告文書は解説した。
中でも捕食出版と論文工場は不正がビジネスとして成立している事例だ。捕食出版はハゲタカジャーナルとも呼ばれ、実質的に査読を行わずに論文を採択して研究者から掲載料を取る。論文工場はペーパーミルと呼ばれ、架空の成果で論文を代筆する。この二つは研究の評価側と実行側で相補的な役割を持つ。架空の論文を作成し、架空の論文を認証して対価を得る。学術会議は「能力の高い研究者が関与していることが推測され、査読の段階で不正が見破られることはほぼない」「生成人工知能(AI)の登場で、さらに巧妙な偽造論文作成が行われる可能性がある」と指摘する。
対策として報告文書では査読ガイドラインの更新や研究者への研修、教育を挙げた。教育に関しては研究者の研修疲れを指摘し、効率よく進めることを求める。ただ巧妙な不正には対応が難しく、研究者全体の負荷を増す提案になっている。
報告文書の最後には査読前論文の公開や、審査コメントを公開するオープンレビューなどの取り組みを挙げた。課題意識を持つ学会や出版社が現在の仕組みに代わるシステムを模索している。これらは一長一短がある。重要なのはトレーサビリティー(履歴管理)の確保だ。研究データの捏造(ねつぞう)対策と同様に審査コメントも記録し、その適切性や質を評価する仕組みが必要だ。査読への貢献を可視化すれば研究者の業績になる。学術会議は現在を査読制度の激動の時代と表現する。「よりよい査読システムの構築に向けて検討し、行動を起こす必要がある」と結ぶ。