意味が拡張する「研究インテグリティ」、どう担保するか
日本学術会議は第25期(2020年10月―23年9月)の会期末に59本の報告文書を公表した。直近1年間で71本の報告文書を作成し、その内83%を9月に発表。報告文書の審査が難航し、最後の最後までもつれ込んだ。内容は政府からの審議依頼への回答や見解、報告など学術界から社会への提言となる。この中には学術界の根幹に触れる課題が並ぶ。研究インテグリティと査読不正、2040年に向けた10課題から学術界の未来を探る。
「現在、世界は科学技術の在り方の転換点を迎えている」―。研究インテグリティの報告文書はこのような書き出しで始まる。研究インテグリティは従来、研究公正と訳され、論文データの捏造(ねつぞう)や改ざんなどの研究不正を防ぐ取り組みを指していた。現在は言葉の持つ意味が拡張され、機密情報や機微情報の管理や外国への流出防止策を含む言葉となった。
背景には軍事転用可能な技術を扱うデュアルユース(両義性)問題や経済安全保障の問題がある。基礎研究と応用研究を分けるのは困難で、転用可能性を事前に評価し、規制することは容易ではない。リスクゼロを目指すのでなく、内在リスクを適切に管理することが重要になる。
報告文書ではリスク管理ための情報収集体制や環境整備など、大学で研究を進める際の課題を列挙した。リスク評価の意思決定プロセスの整備や教育と研究の空間的分離、成果を論文化できない研究者のキャリアを支える制度設計が必要と指摘する。研究インテグリティを担保する意義は政治的、国際的問題から学問の自由を守り、研究の自律性を確保する点にあるという。
ただ日本の場合、報告文書の内容を実践できる研究機関は限られる。推進派にとっては体制の未熟さを理由に、実質的に差し止めていると解釈されかねない。軍事的安全保障研究に関しては学術会議が課題を指摘したところ、否定したと解釈され反発を招いた。
そして日本では海外での大型投資をテコに戦略研究を立案してきた歴史がある。例えば人工知能(AI)や量子、核融合など、米国では巨大ITやベンチャー投資のリスクマネーが基礎研究に流入している。この領域の研究者は基礎研究であっても巨大市場は目の前と説き、技術の一部は実用化される。日本でも戦略研究として投資され、高度な研究インテグリティが求められる。一方で海外の投資熱が落ち着いたころに基礎段階だったと気がつき、オープンに研究を進めた方が効率的と認識が広まる。ここで適切な管理レベルに調整できるかという問題がある。情報は漏れたら取り返しがつかない。当初の方針を修正する負担は大きい。
こうした領域の研究者は海外の沸騰をテコにしないと後追い研究さえできない。それでも予算は見劣りし、投資タイミングが遅れるにもかかわらず、早期実用化が期待されると嘆かれてきた。研究インテグリティで管理が厳しくなると状況はより悪くなる。誤解を生まないためにも、学術会議として好事例の共有や第三者視点の提供など、学術界に研究インテグリティを軟着陸させる取り組みが重要になる。