パンデミックと、野生動物との関係を再考する
新しい感染症によるパンデミック(世界的大流行)は、以前から危惧されていた世界的なリスクではあった。ただ、実際に新型コロナウイルス感染が広がり、短期間にこのように生活が一変するとは、2020年の初めには想像しがたいことであった。そんな中、国際研究プログラムであるフューチャー・アースはアースデーの4月22日、「アースデーとCOVID―19:環境危機と健康危機はどう関連しているか?」というウェブセミナーを開催。世界中から400人以上のアクセスがあった。
媒介動物経てヒト感染
セミナーではまずコロナウイルスの生態学を解説した。新型コロナウイルスは元々コウモリが宿主だったことはほぼ間違いなく、コウモリから何らかの媒介動物を経て、ヒトからヒトに感染するようになったと推察される。コウモリは哺乳類の中でも種多様性が高く、種によって害虫の捕食や植物の受粉など生態系の中で重要な役割を担う。また、ヒトにも動物にも感染する病原体の保有率が高いことも知られている。
コウモリがかじった果物には病原体を含むコウモリの唾液が付着して、時にはそこからニパウイルス感染症のような致死的な疾病が発生することもある。さらに、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)のように、コウモリからハクビシンやラクダなどの中間宿主を経て、ヒトに感染するウイルスもある。
自然との距離、線引きを
セミナーでもう一つ強調されたのは、大規模な森林伐採を伴う農地の急速な拡大や鉱山開発、そして野生動物の乱獲や密漁と国際的な流通が、新しい病原体と人間との接触の機会を増やした点だった。「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム(IPBES)」が19年に公表した報告書によると、人間の活動によって世界の陸地の75%が著しく改変され、湿地の85%以上が消失し、種の絶滅速度は過去1000万年の平均と比べ数十倍から数百倍にもなった。
ここに地球温暖化が加わり、高温で乾燥した大気は、農地を増やすため森林に放たれた火や自然発火を大規模な森林火災へと導き、森林面積の縮小に拍車をかける。住処(すみか)を追われた野生動物と人間との接点、接触の機会も増える。
人は野生動物を食料、加工製品や伝統薬の原材料、さらにペットとして捕獲し利用してきた。現在は条約や法律などで捕獲や採取、取引の多くが管理されているが、密漁や違法取引が後を絶たない。日本でも身元情報の不明な希少野生動物が高価なペットとして取引されている。需要があるからこそ供給があり、それが希少な生物を絶滅の淵へと追いやり、生物多様性の喪失を促進する。また持ち込まれた先で逃げ出したり放たれたりした動植物は、外来種として生態系をかく乱する。違法取引された動物や食肉と共に、新しい病原体が持ち込まれる恐れもある。
近年盛んなエコツーリズムにも注意が必要だ。不用意に野生生物と接触すれば、人間が新しい病原体に感染するだけでなく、現地の生物にとって新しい病原体を人間が持ち込む恐れがあるからだ。
国立環境研究所の同僚である、ダニ学者で生態学者の五箇公一博士は、野生生物との関わり方に「ゾーニング」すなわち「野生生物と人間の社会の線引き」が重要だと述べている。地理的な線引きだけでなく、自然との関わり方、恩恵の受け方にも適切な線引きが必要という意味と筆者は捉えている。
「プラネタリー・ヘルス」
人口の都市への集中、交通網の発達、高齢化と貧富の格差拡大による脆弱(ぜいじゃく)な人口増加など、人間社会に新しい病原体が入ってきた場合、急速な感染症伝搬が起こる条件は整っている。パンデミックを防ぐには生態系や野生生物との関わり方を変え、地球環境と人間のそれぞれの健康を総合的に捉える、すなわち「プラネタリー・ヘルス」を考えることが重要だ。日本に暮らす私たちも、消費や生産を通して地球環境に影響を与え、その結果が感染症リスクを左右していることを忘れてはならない。
【略歴】かすが・ふみこ 88年(昭63)東大農学系研究科博士修了。国立感染症研究所、国立医薬品食品衛生研究所部長、日本学術会議副会長を務め、16年国立環境研究所特任フェロー。栃木県出身、60歳。