【ディープテックを追え】ゲノム編集応用が食品にも。普及に向けたポイントは?
遺伝子を効率よく改変するゲノム編集技術。手法である「クリスパー・キャス9」が2020年のノーベル化学賞を受賞したことでも知られる。これまでの交配に比べ、品種改良が容易になるメリットがある。この技術を応用し、食品や医療に役立てる取り組みが進んでいる。
ゲノム編集食品の承認第1号
日本でのゲノム編集食品の承認第1号は、筑波大学発ベンチャーのサナテックシード(東京都港区)だ。サナテックシードが販売したのは、血圧上昇を抑える働きがあるアミノ酸「GABA(ギャバ)」を通常の5倍ほどに増やしたトマト。「GAD」という酵素のGABA生成を弱める部分を削除し、GABA含有量を高めた。同社は「生活習慣病予防に貢献したい」と話し、健康に配慮する消費者の需要を取り込む。
協力農家に栽培を委託し、年間40トンを生産する。価格は送料込みで2キログラム6048円、3キロ7506円。第2弾はトマトを液状に加工したピューレを販売する。1箱30袋入り、送料別で5400円の予定だ。生野菜だけでなく、加工食品にすることで手に取りやすくしていく。
品種改良の時間を短く、安全性も確保
ゲノム編集は遺伝子の狙った部分を切断し、特定の機能を強めたり弱めたりする技術のこと。ハサミの役割をする酵素でデオキシリボ核酸(DNA)の任意の箇所を切断し、生物が持つDNAが修復する仕組みを利用し塩基配列に変化を起こす。最大のメリットはこれまで交配によって行ってきた品種改良の時間を短くできる点だ。また、遺伝子組み換えとは異なり、外部から遺伝子を導入しない。ゲノム編集の前後で遺伝子数に変化が起きないため、安全性にも優れるとされる。
ただ、消費者の警戒感は根強い。18年に東京大学の研究チームが約1万人を対象にした意識調査では、ゲノム編集食品を「食べたくない」と答えた人は4~5割にのぼった。
現在の法規制ではゲノム編集である旨を記載する必要がなく、あくまで企業側の判断に委ねられている。サナテックシードのトマトは安全性の審査をクリアしているが、ゲノム編集食品であることを明示する。江面浩最高技術責任者(CTO)は「全ての消費者に理解してもらうのは難しい」としたうえで「安全性と機能性に興味を持ってくれる消費者に向けて流通させていく」と話す。通常の販売ルートではなく、自社で販促を行っていく。株主でもある、種子販売業のパイオニアエコサイエンス(東京都港区)と協力する。実際、同社には継続的に購入したいとの声も寄せられている。
機能面で差別化
今後は暑い土地でも育てられるような品種を作るという。
トマトは気温が30度を超えるような土地では育てにくい。日本でも気温が上がる7月、8月は収穫量が落ち込む。この点を改良することで差別化を図る。当面の想定は国内向けだが、将来的な東南アジアに向けた展開も視野に入れる。東南アジアはトマトの生産と消費が伸びており、所得の向上を加味し、今後も需要が伸びるとみられる。同社は育てやすさや糖度を高くするなど、機能面を差別化することで売り込む考えだ。江面CTOは「農家の方が作りたくなるような品種をどんどん作りたい」と力を込める。日本や欧米に比べ、途上国ではゲノム編集食品に対するルールが未整備ではあるが、整備後、迅速に訴求できる準備をする。
大きな可能性を秘めるゲノム編集だが、歴史も浅く、法整備も途上だ。安全性の理解を訴求することに加え、機能性などのメリットも打ち出す必要がある。消費者に選ばれる食品を作ることこそ、将来的なゲノム編集食品の普及には不可欠だ。
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