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アルツハイマー病に「ゲノム編集」の治療法、実用化なるか

アルツハイマー型認知症やハンチントン病などの難治性脳疾患に対する治療法の一つとして、近い将来、ゲノム編集技術の一種「クリスパー・キャス9(ナイン)」が使われるかもしれない。ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)と京都府立医科大学の研究グループがキャス9のメッセンジャーリボ核酸(mRNA)とナノサイズの高分子カプセルを用いてマウス脳内の全遺伝情報(ゲノム)編集に成功した。従来の手法に比べて安全で的確な治療ができる、画期的な治療法となりそうだ。(山谷逸平)

高分子カプセル 安全性確保

クリスパー・キャス9は、改変したいデオキシリボ核酸(DNA)の場所を「ガイドRNA」で特定し、人工酵素「キャス9」でDNAを切断したり、切断した箇所に別の遺伝子を挿入したりできるゲノム編集手法。2020年のノーベル化学賞の対象となった。

ゲノム編集治療は、薬を服用し続ける治療と異なり、一度の治療で永続的な効果が期待できることが特徴だ。研究グループは今回、キャス9をmRNAの形にして使用。ナノサイズの高分子カプセルを用いてmRNAによる炎症を防ぎ、マウス脳内の主要な細胞のゲノム編集に成功した。

従来のゲノム編集治療では、アデノ随伴ウイルス(AAV)のベクター(運び屋)などが用いられていた。

だが、ゲノム編集酵素が長期間発現し、標的ではない場所を切断する可能性があった。キャス9のmRNAを使えば、ゲノム編集酵素の発現期間は数日程度になり、標的外遺伝子の切断を回避できる。

京都府立医科大准教授でiCONMの内田智士副主幹研究員は「AAVのベクターは遺伝子治療全般のツールとしては優れているが、ゲノム編集にはもう少し安全なものを使った方が良いのではないか」と指摘。今回の手法に挑戦した。

高い安全性を確保しながら、4000塩基以上になるキャス9を脳に送達するために、研究グループが持つ高分子カプセルを活用。キャス9を発現するmRNAの形にして、ガイドRNAと複合体を形成し、高分子カプセルに内包した。

ゲノム編集が起きると赤色の蛍光たんぱく質を発現する遺伝子改変マウスの脳内に高分子カプセルを投与して発現させると、神経細胞や神経系の免疫細胞など主要な細胞でゲノム編集が行われることが分かった。

内田副主幹研究員は「臓器を限定せずに共同研究を行い、クリスパー・キャス9の医療応用の研究を進めている」としており、ゲノム編集治療に向けて今回の手法の利用を加速させる計画だ。

日刊工業新聞2021年3月19日

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