【ノーベル化学賞解説】ゲノム編集のシステムとは?おさらいしよう
2020年のノーベル化学賞は、ゲノム編集の研究者である独・マックスプランク感染生物学研究所のエマニュエル・シャルパンティエ所長と、米カリフォルニア大バークリー校のジェニファー・ダウドナ教授に授与されることが決まりました。
日刊工業新聞社が発行した書籍『今日からモノ知りシリーズ トコトンやさしいゲノム編集の本』(宮岡佑一郎著)から、ゲノム編集の仕組みを紹介した項目と、今回の受賞で評価された技術「CRISPR/Cas(クリスパー・キャス)9」について書かれた項目を抜粋し、2回に分けて紹介します。
CRISPR/Cas(クリスパー・キャス)の衝撃・ゲノム編集を広めた立役者
TALEN研究が広がりつつあった2012年、ダウドナ博士とシャルパンティエ博士らは、CRISPR/Casを利用して、初めて自分の狙ったDNAを切断できることを示しました。そしてその直後の2013年に、ジャン博士らが初めてCRISPR/Casを利用してヒトの細胞のゲノムDNAを編集しました。
CRISPR/Casシステムが何であるか、答えを先に一言で言ってしまえば、細菌などが持つウイルスに対する免疫の仕組みの一つです。細菌がウイルスに感染したときには、そのDNAを切断することで、ウイルスの増殖を防ぐのです。制限酵素も免疫の仕組みの一つですが、例えばGAATTCという配列を認識して切断するEcoRIのように、あらかじめ切断する標的が決まっています。CRISPR/Casシステムも、標的とするウイルスのDNAを切断しますが、その標的配列を状況に応じて変えることができるのです。これは、CRISPR/Casシステムは、細菌が一度感染したウイルスのDNA配列を記憶して、同じウイルスの二度目の感染を防ぐ仕組みだからです。ヒトの場合も、水疱瘡などに一度かかると、免疫システムが病原体の特徴を記憶して、二度目の感染を防ぐのとちょうど同じ役割です。
私達生命科学研究者は、この特徴をゲノム編集技術として利用しています。すなわち、本来ウイルスDNAを切断するためのCRISPR/Casシステムを改変し、編集を行いたいゲノムDNAの標的配列を切断するのです。切断の後は、既に説明したNHEJ、HR、MMEJなどの、細胞がもともと持つDNA修復機構を介してゲノムの編集を行うことができます。ここに至るまでには、多くの研究者の地道な研究の積み重ねがありました。CRISPR/Casシステムの基本的な仕組みと、ゲノム編集技術としての優れた点を理解するために、次項以降ではCRISPR/Casの発見の歴史を辿ります。
(「今日からモノ知りシリーズ トコトンやさしいゲノム編集の本」より一部抜粋。続きは本書をご覧ください)
要点BOX書籍紹介
●細菌のウイルスに対する免疫
●標的DNA配列を切断する
今日からモノ知りシリーズ トコトンやさしいゲノム編集の本
宮岡佑一郎 著、A5判、158ページ、税込1,620円
著者紹介
宮岡 佑一郎(みやおか・ゆういちろう)
埼玉県出身。2004年、東京大学理学部生物化学科卒業。2006年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。2009年同大学院博士課程修了。博士(理学)。2009年4月、東京大学分子細胞生物学研究所助教。2011年7月、米国Gladstone研究所、UCSFポスドク。2016年1月より、公益財団法人東京都医学総合研究所、再生医療プロジェクト、プロジェクトリーダー(現職)。 2019年、科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞受賞。
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目次抜粋(全67項目)
第1章 まずは遺伝の仕組みを知ろう!
世界が変わる? ゲノム編集技術「生命科学の革命的新技術」
遺伝と遺伝子について知ろう 「遺伝子としてDNA」
DNAってどんな構造? 「二重らせん構造を紐(鎖)解く」
第2章 ゲノム編集の基礎を学ぼう!
ゲノム編集ってそもそもなに? 「DNAの塩基配列を並び替える」
標的遺伝子を狙い撃ち 「遺伝子ターゲティング」
目的遺伝子を外から導入 「トランスジェニック技
第3章 ゲノム編集を可能にするツールとは?
CRISPR/Cas(クリスパー・キャス)の衝撃 「ゲノム編集を広めた立役者」
日本の科学者が最初に発見 「細菌のゲノムDNAの中の繰り返し配列」
どれを使えばいいの? 「ゲノム編集ツールを比較」
第4章 先端技術はどうなっているの?
先端技術を理解するために 「DNAを切らないCas9と融合タンパク質」
標的のDNA配列を可視化する 「緑色蛍光タンパク質(GFP)融合dCas9 」
エピゲノムって何? 「塩基配列とは別に生物の特徴を決めるもの」
第5章 世界を変えてゆくゲノム編集の応用
遺伝子組換え作物 ・畜産動物 「遺伝子を外部から導入する」
がんに対する第4の矢:がん免疫療法 「本庶博士のノーベル賞受賞理由」
生体内ゲノム編集による疾患の治療 「筋ジストロフィーや代謝異常症の治療」
第6章 ゲノム編集のこれから
体細胞で進むゲノム編集による治療 「次世代に伝わらない遺伝情報改変」
ゲノム編集された双子の誕生? 「中国で何が起きたのか」
現段階での受精卵ゲノム編集の問題点 「生殖細胞のゲノムを編集するには時期尚早」