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大手メーカーも注目!福岡の中小企業が主催する「大学」の狙いとは

モノづくりのテーマパーク!?「三松大学オープンセミナー」
 福岡の繁華街、天神から電車に揺られること約30分。最寄り駅から歩いて約10分。周囲に農地が広がる工場に「大学」が開校した。講師陣には三菱電機川崎重工業など大手メーカーが名を連ね、講義名にはIoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)、インダストリー4・0など製造業のトレンドテーマが並ぶ。そんな講義にスーツや作業服を着た「学生」たちは食い入るように聞き入っていた。
各工程の説明には普段実務に携わるメンバーが担当

モノづくりのテーマパーク


 「大学」を開校したのはシートメタル(板金)加工を中心に装置組み立てなどを手がける三松(福岡県筑紫野市)。設計開発から溶接、塗装、組み立てなどを一貫して行い、「小ロット製造代行サービス」を掲げるモノづくり企業だ。
 「三松大学オープンセミナー」と題し、工場見学会と合わせて開いたイベントには2日間で約1200人が訪れた。三松と取引を持つ企業など11社との共催。地場企業が先頭に立ち、大手メーカーが一堂に会する機会は全国的にも珍しい。
 「キャンパス」(工場)も「学生」たちを楽しませる仕掛けが満載だ。ソフトバンクのPepperが受け付けで出迎え、オムロンの自動搬送モバイルロボットが社歌を流しながら走っているかと思えば、ドローンが場内を飛び回る。傍らで技術者たちが工作機械を駆使しながら日頃の腕前を披露し、独トルンプ社のファイバーレーザー加工機から作り出されるミリメートル単位のミニチュアバイクには思わず足が止まる。また高さ数メートルの自社製滑り台「ドラゴンスライダー」をおいちゃん(博多弁で『おじさん』の意)たちが嬉々として滑っていく。そんな色とりどりの光景はさながらモノづくりのテーマパークのように写る。
縦横無尽に駆け回る自動搬送モバイルロボット

ミリ単位の大きさのミニチュアバイク


社内の「コトづくり」によるブランディング


 ただ、これらはイベントとして派手さを演出するために行っている訳ではない。三松にとっていわゆる「コトづくり」はモノづくりの技術力を構築する上で重要な意味を持つ。例えば毎年開催する「三松マイスター総選挙」。一見、AKB48総選挙のような人気投票にもみえるが、技能や人格、見識など総合的な要素から社員投票によって選出する。選ばれたマイスターは専用の赤い作業服をまとい、三松が展開する短納期サービスの担い手として重要な使命を持つ。
 他にも年2回開催する溶接試験では、直前まで課題となる図面が非公開という。試験に臨むにあたって技術者たちは付け焼き刃のテクニックでは対処できない。試験への準備だけでなく、日頃からの鍛錬やイレギュラーへの対応力がおのずと問われる。また毎月の「ベストリカバリー賞」選出など、さまざまな取り組みによって社内の技術力向上と社員を称賛する仕掛けがちりばめられている。「三松大学」という名称も元は社内の技術教育プログラムの一環として展開しているものだ。
 真面目さと遊び心が同居するインナーブランディング(社内での理念や価値観の共有)は、自然な形での社外へのアピールという効果も生んでいる。広報やブランディング活動に注力する企業には時にアピールが強くなり前のめりに映ることもある。大手メーカーのようにブランドアピールに多額のコストが費やせない環境で、モノづくりの技術力・サービス力向上のためにいかに社内での工夫を凝らすかが三松の生命線の1つとなっている。
 

そもそも「大学」を開校した目的とは


 今回で3回目となる「三松大学オープンセミナー」。第1回は2010年に開催した。きっかけは「ありきたりの社長就任披露ではもったいない」という田名部徹朗社長の思いからだった。また自社のアピールだけでなく、他社と一緒の展開によって取引先や地域を結ぶ目的もある。実際、今回も作業服姿の大人に混じって、家族連れの姿も見られた。
田名部徹朗社長

 4年に1度の開催をベースとしていることにも意味がある(今回は新工場の完成披露の意味もあり3年ぶりの開催)。モノづくりの現場を見てもらうにはそれに伴う「変化」を感じ取ってもらうことが必要だ。毎年の開催では変化の乏しさやマンネリにもつながる。来場者が足を運ぶ意味を考えての期間設定でもある。
 開催の目的も回を重ねるごとに変化してきた。今回のテーマは「つながる・つなげる・モノづくり」。初回のハードウエア(設備)を「見せる」ことに意識した取り組みから企業同士のよりダイレクトなつながりへと移り変わっている。

大手企業と中小企業をつなぐ架け橋へ


 「工場のショールーム化」という言葉を掲げる企業は地方でも耳にする。ただ「ショールーム化」の実現にはコスト、人手などさまざまな壁が立ちはだかる。実際、今回のイベント向けて準備に約6か月の期間を要したという。当然、社員への負担を強いることにもなり開催によって一時的に生産力も落ちる。今回の開催でも予想以上の来場者に「運営面でキャパオーバーになった」(田名部社長)と反省点を口にする。
 それでも開催する意義を「地域のモノづくり企業と大手企業を結ぶブリッジ(橋渡し)役となれば」と語る田名部社長。自社の立ち位置を「『下町ロケット』で言えば佃製作所とキヤマ製作所の中間にあるのかな」と例える。
 実際、少量多品種で月間約1万オーダーを受ける三松のモノづくりは、多くの地場企業との協力関係によってはじめて成り立つ。「中小製造業の実証モデル工場」を志向する三松のような役割を担う企業が各地域で広がることは、日本のモノづくりの将来を考えるとき、大企業と中小企業という目に見えないヒエラルキーを乗り越える切り口となるかもしれない。
(文=高田圭介)
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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 当初プライベートで足を運びましたが、今回思い立って記事にすることにしました。正直なところ「前のめり」になっているのは私のほうです。  ただ真面目さと遊び心が同居する現場は取材で訪れる度に驚かされているのも事実です。イベント後に共催企業などと行った打ち上げ(三松フェスタ)では番外編の講義として養殖業者による「マグロの部位講座&解体ショー」も開いたとのことです。そんなところにも真面目さと遊び心が同居しているように感じます。  また外部の人も利用できる社員食堂「カフェ・サンクエス」で頂いたカレーは家庭的な雰囲気がありながらもほんのり辛めの味付けでした。  ちなみにBtoC向けの製品が「金属王」ブランドとして都内の百貨店や某セレクトショップでも購入できます。(URL:http://www.kinzokuoh.com/) (日刊工業新聞 西部支社 高田圭介)

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