ニュースイッチ

三菱自動車が10年前に誓った再生への決意はどこに

「数字を達成しても企業文化が変わらないと意味がない」(益子修)
三菱自動車が10年前に誓った再生への決意はどこに

05年1月28日に経営計画を発表する益子社長(中央)と西岡会長(右)


財務で明暗、PL復調へ


 新たな羅針盤として05年1月に発表した「三菱自動車再生計画」の中で、意外にあっさりクリアできそうな目標がある。収益計画だ。07年3月期に当期利益で黒字転換を“必達目標”に掲げるが、早ければ06年9月中間にも黒字化を達成する可能性が高まっている。

 復調の兆しが見え始めた損益計算書(PL)に対し、まだまだ改善への道筋が見えないのが貸借対照表(BS)だ。財務内容に見る「明と暗」。BS改善に即効薬は見当たらず、三菱自は着実に利益を積みあげるという息の長い作業に追われる。

 「下期だけに限定すれば、ぜひとも黒字転換させたい」。社長の益子修は05年度の収益見通しを問われるたびに、こんな答えを繰り返す。今下期で黒字転換を果たせば、必達目標である06年度の黒字化に弾みがつく―。

 発言の意図はこう解釈されたが、真の益子の意図はまったく違う。05年度通期での営業黒字化。もちろん口には出さないが、視線の先にあるものは収益計画の前倒し達成だ。

 原油高に伴う原材料インフレというマイナス材料があるものの、今期の三菱自の業績は落ち着きを取り戻しつつある。国内では販売に回復感が広がっていることに加え、海外は中南米や中近東、アジアなど新興市場で販売が好調。3年ぶりの増収は確実だ。

 肝心の損益面でも改善が見込まれている。04年度はリコール対策費用の計上や減損処理など過去の“負の遺産”を一括処理、過去最悪の当期赤字(4747億円)に陥った。「想定されるリスクは最大限織り込んだ」(常務の市川秀)前3月期の結果、今期は巨額特別損失の“重し”から解放、赤字幅は大幅に縮小する。

 ドルやユーロに対する円安といった為替面の追い風、限界利益が大きい「アウトランダー」のヒット、人員削減による固定費の圧縮効果も出始め、「06年3月期に営業損益段階で黒字転換する可能性も十分ある」(外資系証券)。株式市場では、三菱自がどれだけ前倒しで営業黒字化するかに焦点が移っている。

作られた自己資本


 PLというフローの側面では目覚ましい回復を示す三菱自だが、ストックの集大成であるBSの負った傷は深い。BSの毀損(きそん)は株主資本のぜい弱さに見て取れる。優先株を中心とした資本増強策の結果、資本金、資本剰余金は増加した半面、巨額の赤字計上で累積損失は実に6560億円に達している。

 株主資本の劣化は各種経営指標の悪化を招き、財務の安定性を測る指標である株主資本比率は17・1%(05年9月中間)と低迷。また有利子負債が株主資本に対しどの程度の割合かを示すデットエクイティー(D/E)レシオは1・7倍(同)と厳しい内容だ。

 株主資本といっても相次ぐ増資に頼ったもので、いわば「作られた自己資本」。クルマを売って積み上げたものではない。「投資不適格」とされた格付けは引き下げられたままだ。

 最近の三菱自はPLの悪化がそのままBS毀損につながった。しかし本業の回復に伴い、PLやBSがこれ以上傷むリスクは小さい。「着実に利益を弾き出す」(益子)ことが、唯一のBS改善の特効薬である。

トヨタも及ばない数字とは


 あのトヨタ自動車でさえ、三菱自動車には遠く及ばない数字がある。発行済み株式数だ。トヨタの36億株に対し三菱自は54億株。6年間で2度にわたる経営危機に直面し、優先株を中心とした増資の結果がこの数字に表れている。「(資金繰りなど)現在、財務上の問題点はない」(社長の益子修)ものの、優先株の“出口”はまったく見えていない。三菱自の将来を大きく左右する優先株の行方は…。

 「34%という比率は当面堅持する。この1―2年で優先株を普通株に転換する考えはない」。会長の西岡喬はこう言い切る。西岡は三菱重工業と三菱自の会長を兼務する。この発言は三菱重工会長という“株主”の立場で言及したものだ。

 三菱重工、三菱商事、三菱東京UFJ銀行の3社は05年暮れ、保有している優先株の一部を普通株に転換、3社合計で三菱自の発行済み株式の34%を握った。再生計画のシナリオ通り、三菱グループで再建を主導するという姿勢を資本上でも明確にしたものだが、グループ3社が頭を痛めるのが残りの優先株の取り扱い。簡単に転換できない事情がある。

88億株に膨張


 理由の一つが需給上の問題。三菱グループ各社が残りの優先株を普通株に転換した場合、発行済み株式数は実に88億株に達する。株式市場では「1株当たりの利益」が重視され、自社株の買い入れ消却が株主への利益還元策の一つとして評価される時代。実態とかけ離れた異常な株数では市場から見放される。

 実際、株の需給ミスマッチに対して市場評価は極めて厳しい。05年9月中間決算を受けて発表されたアナリストリポートでは、多くのアナリストが現在の水準(240円台)を大幅に下回る「目標株価」を設定している。

 クレディ・スイス・ファースト・ボストンが「70円」、ゴールドマン・サックスは「150円」、モルガン・スタンレーに至っては「65円」を想定、各社とも株数増加による1株利益の希薄化や先行きの需給悪化を懸念した結果だ。

債務過剰企業が好んで活用した優先株


 三菱グループ各社が転換せずに優先株を保有し続けるという選択肢もある。しかしこれにも問題点が潜む。2年後には配当が発生するからだ。07年度以降は黒字化定着を見込むが、利率が高い優先株の配当が始まれば、「キャッシュフローを圧迫するリスクがある」(モルガン・スタンレー)。

 多くの債務過剰企業が好んで活用した優先株だが、その実態は「問題の先送り」。三菱自は今後、優先株の圧力に悩まされることになる。

 「再生を実現した後に、一般株主にとってどんな資本政策が望ましいか考えなくてはならない。選択肢はいろいろある」と益子は語る。しかし、「多額な累積損失を抱えている現在、優先株の処理策について口にするのはおこがましい。まずは黒字化すること」。黒字が定着しなければ、どんな妙案も机上の空論になる。

 果たして益子が描く“出口”とは。自社で消却できるレベルの企業になっているか、三菱グループがさらに出資比率を上げるのか。はたまた別の第三者がそっくり引き受けるのか―。三菱自の再建次第で答えは自ずと決まる。

明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
益子社長のインタビューの最後の部分。「単なる数値だけでなく、会社の体質や体力、文化、風土まで踏み込んで方向性を打ち出したい。数字は達成したが企業文化は変わっていないでは意味はない」。 今も会長兼CEOとして経営トップの座にある益子氏。自動車担当の記者時代に何度も取材し会った。今回の問題発覚後、公の場に出てきていなが、改めて聞きたい。どこでボタンを掛け違えたのか。個人的には、やはり最初の三菱グループの支援体制からそもそもボタンを掛け違えていたと考える。すべてグループ3社のそれぞれの思惑の中で事が動き、経営のスピード感も自立心も失っていった。

編集部のおすすめ