有望物質探しの地図を作る、自動車業界のデータ連携は成功するか
自動車用内燃機関技術研究組合(AICE、東京都港区)に自動車各社が集い材料開発のデータ共用を始めた。排ガス用触媒や磁性材料などの測定データを束ねて共通の材料探索地図を作る。すでに数千点規模のデータが集まった。各社は材料研究の知見と人工知能(AI)技術で有望物質を探す。他社のデータが自社の指針になる。データ連携は産学官で枠組みが模索されてきたが成功例は極めて限られる。民間発の取り組みが成功するか注目される。(小寺貴之)
「これまでは1日にトヨタ、ホンダ、日産と時間をずらして共同研究を打ち合わせていた。そんな3社に『一緒にやりましょう』と頼まれたら断れない」―。東京大学の小倉賢教授はAICEプロジェクトのリーダーを引き受けた日を振り返る。研究室に3社が集まり、データ共用について構想を練った。AICEには日本の自動車9社に加えて研究機関や材料メーカー、サプライヤーが参画する。AICEの萌芽的研究として材料探索地図の構築を始め、組合員や共同研究企業の78社・機関が地図を利用できる状態にある。
探索対象は化学反応を目的変数とする材料群と物理現象を目的変数とする材料群がある。化学チームは合成燃料を作る二酸化炭素(CO2)のメタネーション触媒と排ガス触媒、物理チームは磁性材料を探索する。各社が保有する材料のX線回折(XRD)やX線光電子分光(XPS)のデータを持ち寄り、共通地図を作る。
地図の始まりは多次元空間にデータの点が雲のように分布したものになる。これを各社がUMAPと呼ばれる次元削減手法や主成分分析などで解釈可能な地図に描き直す。自社のデータは各材料の特性や性能が分かるため、XRDデータから特徴量を抽出して性能順に並べ直すことが可能だ。この特徴量で他社のデータを並べ直すと有望候補が見えてくる。材料メーカーは物質の組成や性能を開示しなくても、XRDデータを提供しておけば自動車各社が用途を見つけてくれる。
AICEとして研究してきたゼオライト触媒で試行し、材料群を性能に応じて並べ直した地図を作成した。活性のないゼオライトを参照データとし、各社の計測装置間のバラつきは無視できると確かめた。これでデータ共用の概念実証(PoC)ができた。
現在は各材料の探索が進んでいる。新しい参加者向けにはデータ解析のワークショップを開く。完成車だけでなく、デバイスやシステムメーカーなど、参加者が広く開発を効率化する機会とする。
地図を探索すると確かに良い材料は見つかる。ただ、なぜXRDで性能を計れるのか、原理が分からない部分も残る。例えばXRDはゼオライト表面の結晶構造を捉えてはいるが、排ガス処理の化学反応はゼオライト内部で起こる。データから何が見えているのか、この原理が分かると新しい学理が開ける。小倉教授は「学術界は原理を解明し、産業界は性能を追究して好循環を回したい」と力を込める。