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ドイツの「インダストリー4.0」10年超の現在地 日本に熱視線も

ドイツの「インダストリー4.0」10年超の現在地 日本に熱視線も

講演するカテナ-X会長のオリバー・ガンザー氏

ドイツが官民一体で推進する製造業の一大デジタル化プロジェクト「インダストリー4・0(I4・0)」。2011年に構想が公表され、13年4月には推進団体のプラットフォーム・インダストリー4・0(PFI4・0)が発足した。それから丸10年、活動が足踏みする時期もあったが、I4・0初の実装例として自動車分野のデータ共有エコシステムの「カテナ―X(C―X)」が立ち上がり、製造業全般にデータ連携を広げる取り組みにも発展してきている。(藤元正)

旭化成など、152社加盟し国際化推進

4月にドイツで開催された世界最大級の産業技術見本市「ハノーバーメッセ」。C―Xコンソーシアムは会場でベータ版のプラットフォーム(基盤)システムを初公表するとともに、実際のデータ交換をデモしてみせた。 「ハノーバーメッセは大きな節目になった」。14日都内で開かれた「第2回日独インダストリー4・0エキスパートフォーラム」(ドイツ連邦経済・気候保護省主催)で、C―Xボードメンバーのハーゲン・ホイバッハ氏(独SAPグローバル副社長・自動車産業部門代表)はこう振り返る。C―Xではユースケースを増やしつつ、秋にも実運用段階に入る予定だ。

システムと同じ名称の社団法人は21年5月に設立。データを独占する米国のビッグテックに対抗し欧州で開発されたデータ連携基盤「ガイア―X」に準拠することで、オープンで安全性が高く、データ主権を中心に据えた自律分散型のエコシステムの開発に取り組んできた。

サプライチェーン(供給網)でのカーボンフットプリント(CFP)把握、部品・製品・リサイクル材料といった履歴管理のほか、供給網の混乱といった事態に情報を素早く共有し、機敏に対処するのにも役立つという。

活動自体の国際化も進展し、6月半ば時点での会員数は米企業も含め152社・団体。日本企業は旭化成デンソー富士通NTTコミュニケーションズのほか、DMG森精機の独グループ会社ISTOSが加盟する。

国外での地域拠点の設置にも取り組み、フランス、スウェーデンに続いて、6月初めには米オースティンで北米ハブの立ち上げイベントが開かれた。

日本にも熱い視線を注ぎ、「覚書を結ぶ日本自動車工業会や、経済産業省が4月に発表したデータ連携イニシアティブのウラノス(Ouranos)エコシステムとも連携・協力を進めたい」とホイバッハ氏。C―X会長のオリバー・ガンザー氏(独BMWインダストリープラットフォームプログラム長)も「10月をめどに日本でのハブ稼働を目指す」と力を込める。

さらに、C―Xの取り組みを土台として製造業全体にデータ共有の取り組みを広げようと立ち上げたのが「マニュファクチャリング―X(M―X)」だ。22年秋にPFI4・0に作業部会ができ、2月にM―Xの運営委員会が発足した。約30社が参画し、日本企業としてはDMG森精機とISTOSが加わる。

野村総合研究所産業ITイノベーション事業本部の藤野直明シニアチーフストラテジストは、「データ所有権を分散管理するアプローチを取っているため、ドイツにデータを持っていかれるというのは全くの誤解。逆に日本だけの供給網のデータ共有に使うことも可能だ」と指摘した上で、「ドイツが国際化を進めるデータ共有の仕組みに乗っかり、事業面での規模拡大を目指すのも日本企業にとって重要な戦略になる」と話す。

インタビュー

C―Xのボードメンバーを務める独SAPグローバル副社長・自動車産業部門代表のハーゲン・ホイバッハ氏と、M―X運営委員会メンバーで独トルンプのデータガバナンス・データセキュリティーコーディネーターのインゴ・サビラ氏に話を聞いた。

カテナ―Xボードメンバー ハーゲン・ホイバッハ氏

―C―Xの具体的な強みは。
「断っておくと他のシステムの置き換えを狙ったものではない。今の時代、中央集権的なシステムだとデータが取られるのではと思われる。何より大事なのは信用。そのため自分のデータを制御できる仕組みを持ち、異なるプラットフォームをつなぐ分散型システムを開発した」

ブロックチェーン(分散型台帳)を使っているのですか。
「そうだ。ウェブ3の分散型台帳の技術を採用する。ガイア―Xと、(異なる複数のシステムやサービスを相互運用する)フェデレーテッドサービスとを組み合わせ、オープンソースプログラムで開発した。C―Xも世界に対してオープンソースの形で提供される」

―自動車の供給網では深刻な半導体不足に直面しました。半導体関連の会員は。
「米ウルフスピードが入っている。その他の大企業とも話している最中だ」

―独インフィニオンも含まれますか。
「その通り。半導体サプライヤーも含め、同じようなイニシアティブがスタートする。これまでの履歴管理、CFPなどのユースケースづくりに続き、需要と生産計画についてのデータ共有にも取り組み始めた」

―日本でのハブ立ち上げで会員増加や普及が期待できますか。
「数が問題ではない。日本の自動車産業にとって何が重要かを議論し、活発なコミュニティーづくりを目指す。急がずじっくりと進めたい」

マニュファクチャリング―X運営委 インゴ・サビラ氏

―業種以外でC―XとM―Xの違いは。
「C―Xは自動車に特化し、M―Xは包括的な役割を担う。互いにCFPなど共通の課題を持つものの、状況は少し異なる。例えばC―X向けに開発し、データスペースの相互接続に必要なオープンソース通信制御ソフトのEDC(エクリプス・データスペース・コネクター)を他産業に転用できれば開発期間が大幅に短縮される。もちろん業界ごとにコンポーネント同士がうまく接続されるかを検証する必要がある」

―産業ごとにデータ共有の取り組みを進める中で、M―Xの運営委員会の議論ではどの産業分野が次の候補に上がっていますか。
「プロセス産業だ。この分野では製造プラントで何か異常が起こっていないかリアルタイムで状況監視する必要があり、組み立て産業とは事情が違う。オープンな枠組みであればEDCの転用とは逆に、プロセス産業で開発した状況監視のアルゴリズムが別の産業に役立てられるようになるかもしれない。7月にはM―Xでのさまざまな新しいプロジェクトが公表となる見通しだ」

―日本の製造業は強みを持つ一方、デジタル化では中小企業中心に遅れが目立ちます。
「だからこそチャンスがある。ドイツでも人材不足に直面しており、ドイツだけでプロジェクトを進めても効果は限定的だ。オープンでグローバルな枠組みを活用することでスケーリング効果を発揮し、新しいイノベーションにつなげられる」

日刊工業新聞 2023年06月26日

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