研究DXへ必須、「異分野データ連携」の今
脱炭素や海洋生物多様性などの地球規模の課題を解く上で、研究開発のデジタル変革(DX)が重要になっている。性能とコスト、環境負荷など、製品の競争軸が多次元化する時代が目の前に迫っている。素材・製造分野の研究データを環境分野の研究者が解析するような多面的な分析を支える異分野データ連携が必須になる。このひな型を作ってきたのがマテリアル分野だ。その隘路(あいろ)を辿(たど)ることで日本の勝ち筋を探る。
「自分たちのためにやるなら採算が合わない。実際、一度はやっていられないということになった」と、物質・材料研究機構材料データプラットフォームセンターの吉川英樹副センター長は振り返る。物材機構では電子顕微鏡やX線分光装置などの先端計測機器の生データを人工知能(AI)などが読めるように翻訳するプログラムを開発してきた。分析機器メーカーを1社1社訪ねてコードを開示してもらい、翻訳プログラムの開発に活用した。この交渉は難航した。企業にとってコードを開示するメリットは少ないためだ。
ただ研究者にとっては利点が多い。データを蓄積する際に一つひとつデータを整形し直す必要がない。実験ノートを振り返って手作業で整形すると膨大な作業量になるが、小さな翻訳デバイスを通せば自動処理される。吉川副センター長は「誰かが仕組みを整えれば、その後の作業は楽になる」と説明する。翻訳デバイスは測定装置123機種分が開発され大学など25機関で稼働している。
DXという言葉こそ華々しいが、裏側には泥臭い仕事が山積している。データプラットフォームのセキュリティー管理もその一つだ。物材機構はオンプレミス(自社運用)から米マイクロソフトの「アジュール」に移行した。大学の研究室などでは学生が手持ちの外付けハードディスクドライブ(HDD)にデータをためながら研究し、卒業と同時にデータが行方不明になることがある。全国の研究データを預かる拠点で、こうした事態は許されない。そのため操作などの記録が残るようトレーサビリティー(履歴管理)を徹底した。ストレージ(外部記憶装置)の予算を数年先の分まで確保できたためクラウド移行に踏み切ることができた。
今後、経済安全保障の開発テーマを筆頭に、競争的研究資金の2―3割に当たるデータは、扱いが厳格化すると想定される。個々の研究者もデータ管理やセキュリティーを問われる場面が増える。その受け皿作りが進む。
こうした仕事はいずれも論文になり難く、大学が手がけるのは厳しい。吉川副センター長は「研究インフラを持続的に支えるのが国研の役割」という。連携と管理を両立させる環境整備が重要になる。