ニュースイッチ

ユニコーン創出なるか、マテリアルDXインフラでベンチャー支援

ユニコーン創出なるか、マテリアルDXインフラでベンチャー支援

データとAIを組み合わせるマテリアルDXのインフラが整った(物質・材料研究機構)

マテリアル(物質・材料)分野で研究開発のデジタル変革(DX)が進んでいる。学術界としてデータを収集。新しい人工知能(AI)技術が誕生するたびに適用して研究開発などに生かす。世代を超えて蓄積データを利用する試みでAIブームに最もうまく乗った研究分野といえる。DXで整えた研究基盤とベンチャー支援を結びつけ、ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)創出を目指す。「脱炭素」をキーワードとした動きが注目される。(小寺貴之)

データ・AI融合、産学官で活用

「マテリアルは一つひとつの政策が、相乗効果を発揮するように設計されてきた。おかげでユニコーンに向けたデータがそろう」とユニバーサルマテリアルズインキュベーター(UMI、東京都中央区)の木場祥介社長は振り返る。

①文部科学省によるデータを駆使した材料開発事業「DxMT」②同省による全国大学の先端装置を高度化しデータを集める研究インフラ整備事業「ARIM」③データを蓄積する物質・材料研究機構の拠点整備―。マテリアル分野の政策は、これら三つがそれぞれを補完するように設計された。

当初予算に加えて補正予算や物材機構の運営費交付金を充ててデータ人材を育成し、同機構がAIツールをこのほど開発した。分析装置メーカーと収集データのフォーマットを標準化したり、フォーマット変換を自動化したり、セキュリティーを強化したりと地道な改善を積み重ねている。

データとAIを組み合わせるマテリアルDXのインフラが整ったところで、2023年度にはARIM参加の25大学・研究機関でデータ登録や共有が始まる。産業界も共同研究として参加し、データやAIツールを活用できるようになる。文科省の江頭基参事官は「データプラットフォームが稼働し産学官で戦略的にデータを使う開発が可能になる」と説明する。経済安全保障のような厳しいデータ管理が求められるテーマを進めるにはインフラ整備が必須だった。

すでに個々の研究分野では華々しい成果が上がっている。熱電材料や蓄電池、燃料電池、磁石、耐熱合金、触媒、高分子材料など、ほぼすべての材料分野にAI技術が適用され、開発期間が短縮している。この環境でユニコーン創出に挑む。

UMIの木場社長は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)のプログラムディレクター(PD)候補として事業化調査を進めてきた。ダイヤモンド半導体や空気電池など、10本の材料技術をベンチャーキャピタル(VC)の視点で評価。それらの技術を基にSIP後に起業し、新規株式公開(IPO)したと仮定し企業価値を試算している。その額は10社の合計で約1兆6000億円。SIPとして技術開発に94億円を投資し、この投資分から得られる価値配分は384億円と4倍になる。

木場社長は「テーマを選ぶ前に具体的に試算することが大切。投資効果がなければ国としても投資できない」と指摘する。SIPではユニコーン創出が命題であるため、企業価値1000億円がテーマ選定の目安になる。

大学、パッケージ化でVBに技術供与

この野心的な目標に、失敗の許されない国プロで挑戦することに意義がある。この挑戦を支えるのがデータインフラだ。事業化調査では、研究開発を加速するために必要なデータセットやAIツールを設計している。

例えば「骨質強化インプラント」の開発では、積層造形プロセスのデータや生物評価のデータと解析ツールが必要になる。物材機構や学術界に存在するデータを総ざらいし、足りない部分はSIPで研究し補完する。大学は骨質強化インプラント事業に必要なデータとAIツールをパッケージ化し、ベンチャーに技術供与する。ベンチャーとしては製品開発に必要なデータやツールがそろった状態で起業できる。ベンチャーが上場すれば貢献分の利益が大学に還元される仕組みだ。こうして資金を循環させデータ基盤や大学の研究を強化する。

SIPでは14のプログラムが走る。持続可能なフードチェーンや統合型ヘルスケアシステム、スマートエネルギーマネジメントシステムなど、材料の用途側のデータが整備される。内閣府総合科学技術・イノベーション会議の篠原弘道議員(NTT相談役)は「SIPの共通課題はプログラム間のデータ連携。横断的な活用を促す」と説明する。ベンチャーにとって追い風だ。

木場社長は「AI活用が始まった頃は、データがないと言われてきた。この5年間の政策と投資で“探せばある”状態にまできた。5年後は各分野でデータがそろう。研究しながらベンチャーの事業計画を考えることが普通になるだろう」と展望する。そのひな形をSIPでつくる。

脱炭素の好循環に注目、データで性能劣化・寿命予測

日本は脱炭素への大型投資を決めた。28年には、企業の二酸化炭素(CO2)排出に金銭負担を課す「カーボンプライシング」が導入される。20兆円のグリーン・トランスフォーメーション(GX)経済移行債をまかなう賦課金が化石燃料に計上されるため、省エネルギー材料の需要は急増する。工業炉などの断熱材は製造コストよりも断熱性能が優先されるようになる。

工業炉などの断熱材は製造コストよりも断熱性能が優先されるようになる(産業技術総合研究所と美濃窯業が開発した断熱れんが)

こうした中、データから性能の劣化や寿命を予測するAIツールが注目される。使用環境ごとに交換時期を予測し、より高効率な新材料への更新を促すためだ。半導体受託製造会社が電子回路設計ツールを半導体メーカーに無料で配って営業したように、寿命予測や省エネ効果を推定するAIツールは、ベンチャーの販促材料になる。同時に投資家の判断材料になる。

マテリアル分野では材料の研究開発とベンチャーの事業戦略、顧客の脱炭素がデータでつながる。そのひな形を作る国プロがまもなく始まる。DXと脱炭素の好循環が回るか注目される。

日刊工業新聞 2023年03月07日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
成長志向型賦課金制度のカーボンプライシングなど、脱炭素に向けて桁違いの資金が動き出します。賛否はおいといて、この波を産業競争力に変えねばなりません。そしてユニコーンになりたいなら、この波に乗らない手はありません。研究者にとってはチャンスです。産業界が学術界のマテリアルズインフォマティクス(MI)に求めるのは有望物質のウインドウです。論文に載るチャンピオンデータだけでなく、その周辺の性能はそこそこでも安くておいしい物質の分布図。プロセスインフォマティクス(PI)にはプロセスウインドウで、物質群を作るための製造条件とその範囲になります。おいしい物質や製造条件に加えて、少し外れたところで何が起きているか、それがどう計測されるか、それを制御するメカニズムは何か。これらを解き明かして計測、制御できるようになれば製品の性能や生産効率につながります。学理と実用をつなぐ役割をMIやPIの解析ツールが担います。ツールやデータを大企業に技術移転してもいいし、それを武器に自ら起業しもていいと思います。脱炭素は何十年も続く長期戦になります。いまはデータがなくても、3年かけて基盤となるデータを整えて、3年かけてMIやPIのツールを開発しても、そのころには新しい問題が次々に顕在化しているはずです。5年後の市場を予想するのは難しいですが、10年後の課題を予想するのは比較的可能です。学術界の先生には追い風が吹いています。

編集部のおすすめ