ニュースイッチ

ラボラトリーオートメーションが研究の競争原理を覆す

研究DXの隘路をいく #03
ラボラトリーオートメーションが研究の競争原理を覆す

ラミネートセル製造ロボ(物材機構提供)

材料や化学、生命科学などの研究分野でデータ駆動型の研究を進めると、必ず実験数の壁が立ちはだかる。実験のコストが高く、データを大量に集められない問題がある。従来の実験系研究者は少ない実験数で本質を突くことを競争力としてきた。そこでラボラトリーオートメーション(研究の自動化)が注目されている。重要なデータをケタ違いに生産できれば競争原理が覆える。

「実験データが数千を超えると一つひとつのデータを見ていられなくなる。それでも回るシステムが重要」と、物質・材料研究機構の松田翔一主任研究員は説明する。電池の電解液を高速探索する実験ロボットを開発した。1号機は空気電池専用マシンで、1日1000サンプルを測定できる。

2号機は電気化学実験全般をカバーした。水の電気分解や電池で起こる反応を実験できる。インピーダンス測定やLSV測定などで電極表面で起こる現象を探索できる。

3号機ではラミネートセルの製造を自動化した。人手で作ると1日6セルだが、機械化で1日80セルを製造できるようにした。松田主任研究員は「電池メーカーの生産ラインよりは小規模で柔軟。品質を一定に保てるため、質の高いデータを大量に得られる」と説明する。このデータを人工知能(AI)技術で解析し、次の実験条件を絞り込んだり、複数の因子の連関を分析する。

この自動実験装置が生産するデータはデータプラットフォーム(基盤)に格納される。そのためのヒューマンエラーを防ぐ仕組みも重要だ。例えばラミネートセルは2次元コード「QRコード」が自動で印字される。人が製造条件を転記する必要はない。

こうした自動化をスマートに行うのは難しい。研究全体を俯瞰(ふかん)して、データ生産量が増えると研究の流れを変える実験に集中投資する必要がある。これは規模ありきではない。1カ月に数十個しか得られないデータが数百個に増えるだけでも効果は大きい。

物材機構の宝野和博理事長は「材料分野がAIを取り込んだ際に活躍したのは若手だった」と振り返る。2016年の段階で、まだ海の物とも山の物とも分からないAI技術に果敢に挑戦したのは若手たちだった。この方法論がマテリアルズインフォマティクス(MI)として業界に定着し、次はラボラトリーオートメーションがフロンティアとなっている。

AIと比べ自動化技術はコストが高い。研究全体を俯瞰し、流れを変える力も必要だ。次に挑戦すべきはベテランかもしれない。

日刊工業新聞 2023年03月29日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
ラボラトリーオートメーションはロボット研究者にとっても面白い領域になります。実験装置や計測機器メーカーの技術者がひしめく中で新しい技術課題を発掘するのは大変ですが、できれば社会実装は近いです。学生は一軸足すとデータの品質がぐんと上がる作業を見いだす目を養えば、就職して即戦力になります。柔軟物や不定形物、人ロボ協調など、従来の研究テーマも散在していて、トイプロブレムに飽きたら隣の研究室を観察してみるといいと思います。きっと学生がロボットのように実験しています。ロボットと実験系研究者の連携は今後増えるはずです。実験系の研究室にとっては高専生のような自ら手を動かせる学生をいかに獲得するかが焦点になってくるでしょう。ロボット研究はAIに引っ張られてソフトウエアに重心が移っています。日本は機械や電気など、実際に作って試して動くモノを志向する研究が強みでした。こうした研究は論文効率がよくないため、放っておくと廃れていきます。ニーズとシーズは近くにあります。支える仕組みが必要に思います。

特集・連載情報

研究DXの隘路をいく
研究DXの隘路をいく
脱炭素や海洋生物多様性などの地球規模の課題を解く上で、研究開発のデジタル変革(DX)が重要になっています。性能とコスト、環境負荷など、製品の競争軸が多次元化する時代が目の前に迫っており、素材・製造分野の研究データを環境分野の研究者が解析するような多面的な分析を支える異分野データ連携が必須になります。このひな型を作ってきたのがマテリアル分野です。その隘路を辿ることで日本の勝ち筋を探ります。

編集部のおすすめ