「iPS細胞」年中無休で培養、人型ロボット「まほろ」が覆した常識
創薬研究を1年に短縮
新薬をつくる創薬の研究現場で人工知能(AI)やロボットの導入が進む。医薬品の開発には十数年の期間を要し、その難易度やコストは上昇の一途をたどる。最近では米グーグル傘下のディープマインドがたんぱく質構造予測AI「アルファフォルド2」を公開し、生物学に変革をもたらすなどIT企業の参入も増えた。こうした中、国内の製薬大手はデジタル技術をどう活用し、創薬の成功率を高めていくのか。
「従来約1年かかっていた作業を3カ月でこなすといった標準タスクの作り直しが今後どんどん起きる」。アステラス製薬の安川健司社長最高経営責任者(CEO)はAIやロボット採用による効果をこう見通す。同社はミリ単位の精緻な操作が可能なロボットを使った人工多能性幹細胞(iPS細胞)の精密培養で業界をリードする。
それが、つくば研究センター(茨城県つくば市)に導入したヒト型ロボット「まほろ」を活用した創薬プラットフォームだ。「着想は2017年。iPS細胞培養の専門家もおらず、メンバーも10人に満たなかった」(岩岡はるなアドバンスモデリング&アッセイ室長)ところから、安川電機子会社のロボティック・バイオロジー・インスティテュート(東京都江東区)などと開発に取り組んだ。
完成したプラットフォームは21年、京都大学iPS細胞研究所が作製した患者由来のiPS細胞を用いた筋分化に1回で成功。さらに未分化iPS細胞の培養を63日間維持するという、熟練者と同等以上の精度が得られることも確認した。「iPS細胞のような多品種少量生産型の細胞はロボット培養に不向き」との常識を覆す成果で、業界では驚きが広がった。
研究者のリモート操作により細胞を年中無休で培養・分化できる「匠の腕」と呼ぶまほろと、大量のデータを基に薬効を評価する自社開発の「匠の眼」ロボットをAIを介して結びつける。その結果、従来比100―1000倍規模の実験が可能になった。こうしたデジタル変革(DX)で、従来2、3年かかっていた創薬研究を約1年に短縮できる見通しだ。
まほろを今後、同センター内で増設するほか「細胞・遺伝子治療の海外拠点にも数年内に導入したい」(志鷹義嗣専務担当役員)考え。複合現実(MR)装置を使って海外拠点とリアルタイムにつながる体制も整えた。
一方、IT人材の不足感は否めない。世界的にも創薬とITの双方にたけた人材は希少だ。アステラスはベンチャーと共同で教育プログラムを開発し、社内で人材が育つ土壌も作り上げていく。