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食パンがビールに!アップサイクルでフードロス削減

今こそ知りたい世界標準のSCM #8
食パンがビールに!アップサイクルでフードロス削減

「ブレッド レスキュー ゴールデン エール」(2022年 行本顕 撮影)

日本国内で流通するビールの大半は大麦を主原料とする。しかし、小麦を用いても美味しいビール(正確には発泡酒)が作れることを読者はご存知だろうか。

2022年1月の新聞報道によれば、千葉市幕張新都心のビール醸造所幕張ブルワリー株式会社で余剰食パン(小麦)を原材料とする「ブレッド レスキュー ゴールデン エール」の生産・販売が始まった。原料となる食パンを供給するのは「マロンド」の名前で地元市民に親しまれている製パン企業株式会社川島屋である(注1)。この取り組みは、商品名の示す通りパンとビールのサプライチェーンを同時にマネジメントすることによってフードロスを回避することが狙いだ。連載第8回(最終回)の今回は「SCMx持続可能性(サステナビリティ)」の観点から本事例を俯瞰・考察してみたいと思う。

ビールとパンの原料に目を向けてみたい。日本における大麦と小麦の供給網はどのようなものだろうか。農林水産省の推計によれば、2022年の日本における大麦の需要は年間約38万トンと見込まれており、これらのうち約8万トンがビール製造に用いられるという。他方の小麦の年間需要は約576万トンとされ、その大部分が製パン・製菓に用いられるという(注2)。つまり、日本国内においてビールとパンはそれぞれ大麦と小麦を起点としたサプライチェーン・エコシステム(SCE)を形成している(注3)。

これらを手がかりとして「ブレッド レスキュー ゴールデン エール」の取り組みを俯瞰してみよう。この取組の最大の特徴は、本来交わらないビールのSCEとパンのSCEが余剰食パンの供給を通じて連鎖=カップリングされている点にある。このカップリングは、パンのSCEにおける余剰の解消とビールのSCEにおける価値形成を同時に実現する効果を生んでいるといえそうだ。

一般に、供給活動の過程で生じた余剰材等を廃棄せず、再び資源として供給網に投入することを「リサイクル」という。SCMの世界ではリサイクルされた余剰材等がより大きな価値の形成に寄与する場合を指して特に「アップサイクル」と呼ぶ。つまり「ブレッド レスキュー ゴールデン エール」の取り組みは、パンのSCEで生じた余剰材をビールのSCEに投入することでより大きな価値を形成する「アップサイクル」といえる。そして、このようなアップサイクルは、双方のサステナビリティを高めるのに一役買うことになるだろう。

もっとも、大麦の代わりに小麦を使えば良いというのは「言うは易し」の暴論に近いところもある。小麦を原料として使うことの問題の一つに、小麦の物性に由来する醸造設備の配管の目詰まりがあるためだ。小麦は本来ビール(発泡酒)の量産に不向きな原料なのである。本件の「ブレッド レスキュー ゴールデン エール」もやはり目詰まりに関する技術的な困難を製造現場の工夫で乗り越えて開発・生産されたという(注4)。このような制約が克服されたとき、数千年間もの間続いてきた人類のビールに関する常識と行動は変容することだろう。

さて、肝心の「ブレッド レスキュー ゴールデン エール」の味はどうであったか。ご参考までに筆者の感想を記しておく。ぐっとグラスをあおった一口目の、鼻腔に広がるホップの香りとともにのどを走り抜ける爽やかな苦みはただただ「ウマイ」の一言に尽きた。事前の知識がなければ原料が食パンであることには気づかなかっただろう。二口目を口にしたとき、人工都市幕張の夜景を映して輝く琥珀色の液体の向こうにビールの過去と未来を見た気がした。三口目を口にしたとき、筆者の心は一人の酔客としての喜びに満たされていた。
(連載おわり)

※本稿の執筆にあたりお忙しい中取材に快く応じてくださった幕張ブルワリー株式会社の宮崎様に心から御礼申し上げます。

注1)千葉日報2022年1月10日「余った食パンビールに変身 食品ロス削減へCFで開発 川島屋×幕張ブルワリー」
注2)農林水産省「令和4年度『麦の需給に関する見通し』の公表について」
注3)「SCE」については山本圭一・水谷禎志・行本顕「基礎から学べる!世界標準のSCM教本」1-1を参照されたい
注4)2022年1月23日 幕張ブルワリー株式会社 宮崎氏インタビューより。

【著者紹介】
MTIプロジェクト
『基礎から学べる!世界標準のSCM教本(日刊工業新聞社)』の著者である山本圭一、水谷禎志、行本顕の三名による世界標準のSCMの普及推進プロジェクト。
プロジェクト名はグローバルSCMのコンセプトを各人の名字の一文字を用いて表した「水山行」をラテン語風に読んだ”Mare, Terra, Itinera”の頭文字より。

書籍紹介

SCMは天然資源から最終消費者までのものやサービスと意思決定の流れを統合的に見直し、プロセス全体の効率化と最適化を実現するための手法。本書は世界でビジネスをする企業に最適な、世界標準のSCMについて解説する。

書名:基礎から学べる!世界標準のSCM教本
著者名:山本圭一、水谷禎志、行本顕
判型:A5判
総頁数:240頁
税込み価格: 2,420円

<販売サイト>
Amazon
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