「スパム」から考える、需要と供給の最適ポイント
2020年に始まったコロナと人類の戦いから2年が経過した。この活動が制限された生活の中で「SPAM(スパム)」の売上が伸びている。スパムとは、米ホーメルフーズが1937年の発売以来世界44か国以上で80億食超を販売してきた、塩味のパンチが効いたポークの缶詰の商標名である。そのあまりに広範な浸透・普及状況は、チェーンメールなどの迷惑メールの比喩表現である「スパムメール」という言葉を生む遠因となったともいわれている(注1)。
スパムには米国軍の糧食として採用された歴史があり、同軍の進駐と共に欧州、環太平洋地域の食文化に浸透・普及した(注2)。その保存性は極めて高く、非常食にも好適である。2021年9月の同社リリース情報によれば、この世界津々浦々まで行き渡ったはずの食品が今なお年間売上記録を更新しているというから驚きである(注3)。
さて、このスパム缶のように少品種の商品を大規模な工場で生産し、大量に供給する方式をサプライチェーン用語で「プッシュ」という。プッシュ方式の供給活動は、メーカー側の需要予測に基づいて行う点に特徴があり、広く日用品メーカーなどで採用されている。他方、確定受注に基づく供給活動は「プル」と呼ばれる。この方式は、カスタマーの要望に緻密に応えることが重要な製品を取り扱うビジネスを中心に採用されている。工作機械の受注生産などで用いられることの多い方式であるが、身近な例では洋菓子店が様々なリクエストを受けて焼き上げるケーキのカスタマイズサービスも、実はこれにあたる。
SCMの世界では、この「プッシュ」による規模の経済と、「プル」による高いカスタマーサービスレベルを両立することが長年のテーマとなってきた。このいわば両者のハイブリッドによる効果的・効率的な供給体制を検討するうえでの知恵の一つが「(カスタマーオーダー)デカップリングポイント」と呼ばれる概念である。
例えば、外装を仕上げる前の半製品を需要予測に基づいて量産して在庫として持ち、確定受注を得たタイミングでカスタマーごとの仕様に外装を仕上げる工程に投入する、といったケースでは半製品工程がデカップリングポイントとなる。このデカップリングポイントの置き方は経営上の意思決定を伴う一種の「戦略」であり、サプライチェーンの特徴を決定づける重要な要素となる。代表的なデカップリングポイントの置き方のバリエーションは、下図のように整理される。
以上のように、デカップリングポイントとは、供給活動を需要予測に基づいて対応する「プッシュ」の活動と確定需要に基づいて対応する「プル」の活動とに整理する際の境界(結節点)を指す概念なのである。
出所:最終アクセス日は2022年1月5日
(注1)Wikipedia “スパム#迷惑行為とスパム”
(注2)ホーメルフーズ社ウェブサイト ”What is SPAM® brand?”
(注3)ホーメルフーズ社ウェブサイト “Hormel Foods Corporation Fourth Quarter Earnings Conference Call” December 9, 2021,
【著者紹介】
MTIプロジェクト
『基礎から学べる!世界標準のSCM教本(日刊工業新聞社)』の著者である山本圭一、水谷禎志、行本顕の三名による世界標準のSCMの普及推進プロジェクト。
プロジェクト名はグローバルSCMのコンセプトを各人の名字の一文字を用いて表した「水山行」をラテン語風に読んだ”Mare, Terra, Itinera”の頭文字より。
書籍紹介
SCMは天然資源から最終消費者までのものやサービスと意思決定の流れを統合的に見直し、プロセス全体の効率化と最適化を実現するための手法。本書は世界でビジネスをする企業に最適な、世界標準のSCMについて解説する。
書名:基礎から学べる!世界標準のSCM教本著者名:山本圭一、水谷禎志、行本顕
判型:A5判
総頁数:240頁
税込み価格: 2,420円
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