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JR東日本会長が明かす、国鉄分割民営化で起きた社員の変化

JR東日本会長・冨田哲郎氏の経営哲学

「経営には二つの大きな要素がある。黒字を確保し安全を確立することと、社員のエンゲージメントを高めることだ」

国鉄に入社したのは労使対立冷めやらぬ1974年。職場は荒廃していた。それでも鉄道インフラサービスを守ろうとする現場社員がたくさんいた。その士気に感銘を受けた。

信号機が青になったことを目で確認し、指で前方を差して「出発進行!」と発する一連の動作。「指差喚呼(しさかんこ)」は、目と指と声を使うことで意識を喚起し、確認を徹底する。そんな現場の伝統に触れ、安全の大切さを培っていった。そして国鉄分割民営化を迎える。

「民間になって初めて自主自立を感じることができ、社員のエンゲージメントは高まった。民営化という組織形態の変更で社員の心のありようがここまで変わるのには驚いた」

お客さま起点のサービスを生み出し、安全のレベルをさらに高める。社員自らが未来を切り開いて会社を変えていく。そんな機運が高まるのを感じた。そのさなか、東中野駅で車両追突事故が発生、乗客1名・運転士1名が亡くなった。88年の当時、東京圏運行本部駅業務部長として遺族対応にあたった。

「鉄道はお客さまの命を運んでいる。どんなに安全対策をしても一度事故を起こすと取り返しがつかない」

安全の重大さを一層胸に刻んだ。一方、民営化で経営が安定するにつれ「新しいことに挑戦する雰囲気が薄れていった」。労務担当常務の時、労組間の対立を背景に社員の将来が妨害されるのを目の当たりにした。「もう一度原点に戻って、社員が生き生きと力を発揮できる会社にしないといけない」。そんな思いに駆られ、各社員が身近な課題を見つけて改善していく業務改革活動を展開した。

鉄道会社の経営は元々はトップダウンだという。しかし社員が創意工夫し、次の時代の安全やサービスをいかに生み出すか。どのように収益を上げて技術開発を進め、地域とのコミュニケーションを深めるか。現行の経営ビジョンには、ボトムアップの思いが込められている。

コロナ禍で足元の業績は厳しい。

「経営の二つの要素のうち、黒字の方はかなっていないが、社員のエンゲージメントは上がっていると思う。全体として良い方向に向かっている」

駅や運輸区に足を運んで現場を鼓舞しながら、そんな手応えを感じている。(編集委員・池田勝敏)

【略歴】
とみた・てつろう 74年(昭49)東大法卒、同年日本国有鉄道入社。87年JR東日本入社、00年取締役、03年常務、08年副社長、12年社長、18年会長。同年経団連副会長。東京都出身、70歳。
日刊工業新聞2021年12月14日

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