阪急阪神HD会長の原点は車掌・運転士として経験した2年間
「企業は従業員のパワーのシグマ(総和)。情報がきちんと共有される風通しの良い職場をつくり、社員が生き生きと仕事ができるようにするのが経営者の仕事」
今でこそ株主第一主義が見直され始め、ステークホルダー主義が再評価されるが、阪急阪神ホールディングス(HD)会長の角和夫氏が社長に就任した2003年当時、企業価値は時価総額や売り上げで決まらないという考え方は珍しかった。
「従業員満足度が高ければ顧客満足度が上がり、商品、サービスを購入してもらえる。そうなれば適正な利潤が出て株主へ配当でき、投資家にも受け入れられる。会社の所有者は株主だが、株主だけを見て経営することはあり得ない」
原点は入社以来20年携わった鉄道事業だ。総合職としては珍しく、車掌や運転士として2年間、宝塚線の運行を支えた。「不満も嫌というほど聞かされたが、現場の生の声を聞けた経験は大きい」と振り返る。
3年目には「助役」として現場監督の立場を務めた。入社すぐの若年者が数百人の組織を束ね、人事評価し「従業員の人生、生活を左右する」重責は経営観に今でも大きな影響を与えている。
社長就任後に真っ先に取り組んだのがガバナンス改革だった。当時、阪急電鉄は事業会社でありながら、不動産会社やホテルなど多くの子会社を傘下に持つ、いわゆる事業持ち株会社だった。それをグループ経営強化のため、05年に阪急HDとして純粋持ち株会社体制への移行に踏み切った。
さらに村上ファンドによる阪神電気鉄道の買収騒動が起きる。阪神電鉄が統合を持ちかけてきたのはその翌年のことだったが、「非常にラッキーなタイミング」と話す。06年に阪急阪神HDとして経営統合を実現したが、競合会社の阪急電鉄という事業会社のままだったら統合は難しかったと指摘する。
誠実な人柄で知られる角会長らしく、大切にしているのが囲碁の高川格九段が好んで使った「流水不争先(流水先を争わず)」という言葉だ。
「後ろから流れる水が争って前を流れている水を追い越そうとしても追い越せないように、自然の摂理に反することをしても物事がうまくいくはずがない。慌てず、焼きもちをやかず、正しい本手を打って勝つ」
「倫理感をベースに」信頼を積み重ねる姿勢は、今後も変わらない。(大川藍)
【略歴】
すみ・かずお 73年(昭48)早大政経卒、同年阪急電鉄入社。00年取締役、03年社長。05年阪急ホールディングス(HD)社長、06年阪急阪神HD社長、17年会長兼グループ最高経営責任者(CEO)。兵庫県出身、72歳。