鉄道会社らしからぬ戦略で成功した 阪神電鉄の「ビルボード事業」

<情報工場 「読学」のススメ#76>『billboardを呼んできたサラリーマン』(北口 正人 著)

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ビルボードライブ東京(Billboard Live TOKYO提供)

■2007年、六本木に突如出現した「これまでにないライブハウス」

2007年8月の終わり頃、私はできてまだ半年も経たない六本木の東京ミッドタウンを訪れた。米国のロックバンド、スティーリー・ダンの来日公演を観るためだ。会場は「ビルボードライブ東京」という聞き慣れない名前のライブハウス。なんでも、このスティーリー・ダン来日公演が、この会場のこけら落とし、つまりオープンして初めてのライブということだ。

会場に到着して、驚いた。それまでに行ったことがあるどのライブハウスとも雰囲気が違う。入場にあたっては、ホテルのように、まずチェックインカウンターで手続きをする。その後、番号順に一人ひとりに店員がつき、席まで案内してくれる。中クラス以上のレストランのようだ。

店内は建物の3フロアを吹き抜けにした立体的な構造で、それほど派手ではなく、都会風でシックな内装。ステージ後ろは大きな窓になっており、普段は下りている幕が開くと、東京の夜景をバックに演奏が楽しめる。

食事とお酒とともに最高の演奏を堪能し、会場を後にしたのだが、帰りがけに案内パンフレットの隅に小さく載っていた文字が目にとまった。「阪神コンテンツリンク」。このビルボードライブ東京の運営会社らしい。「阪神? 阪神タイガースと関係があるのかな?」と首をひねった。失礼ながら、この店の雰囲気と、阪神タイガースのイメージはまったくそぐわない。

後で知ったのだが、阪神コンテンツリンクは阪神電鉄の子会社、つまり阪神タイガースとは同じグループということになる。どうして阪神電鉄が、東京・六本木に、こんなお洒落なライブハウスをオープンしたのか? その疑問は、『billboardを呼んできたサラリーマン』(ダイヤモンド・ビジネス企画)を読んで解消した。

同書は、阪神コンテンツリンク代表取締役社長で、阪神電鉄の音楽事業を成功させた立役者である北口正人さんが、当初の企画から現在までのサクセスストーリーを語るノンフィクションだ。

■ジャズにしばられるのを避けるために「ブルーノート」から「ビルボード」へ

ことの起こりは、1988年12月、阪神電鉄の役員会にはかられた一通の計画書。提出したのは当時の同社事業部長、山崎登さん。内容は「ニューヨーク・マンハッタンの老舗ジャズクラブ・ブルーノートを、大阪で展開したい」というものだった。

その頃の阪神電鉄は「石橋を叩いて渡らない」とも揶揄される、慎重な経営方針で知られていた。それゆえ、役員たちからは「電鉄会社がなぜ水商売をやるんだ」などの声が上がった。中には「ブルーノート」を文房具と勘違いした人もいたそうだ。

結局、「社員に“何か面白いことをやってくれそうだな”という期待感を持たせたい」との阪神電鉄社長の腹づもりで、計画にゴーサインが出る。そして1990年にオープンしたのが「ブルーノート大阪」である。山崎事業部長の部下だった著者の北口さんは、音楽好きだったこともあり、その運営等一切を任されることになる。

だが、ブルーノート大阪の運営はなかなか軌道に乗らなかった。当初、出演するアーティストは、ニューヨークの本家ブルーノートの意向もあり、ジャズミュージシャンに限られていた。そのため、どうしても集客に限界がある。

北口さんは「ジャズにこだわったラインナップでは稼げない」と判断し、R&Bボーカルグループのマンハッタンズ来日公演を成功させる。そして2001年、ついに北口さんは、ジャズのイメージからの脱却などを狙い、「ブランド変更」を阪神電鉄に願い出る。長きにわたる検討と交渉の結果、新しいブランドは、米国でもっとも権威のある音楽チャートを作成していた「ビルボード」に決定。2007年夏、「ビルボードライブ」を東京・大阪・福岡でほぼ同時にオープンさせた(ビルボードライブ福岡は2009年に閉店)。

ビルボードライブは3店とも、冒頭で描写したような雰囲気で、ジャンルを問わず「極上の音楽を愛する人達が集まる空間」を演出している。北口さんたちは「ライブハウス」ではなく「クラブ&レストラン」だとしている。

その後のビルボード事業を特徴づけるのは、大胆な「横展開」である。独自の音楽チャートBillboard Japan Hot 100を集計・販売するチャートビジネス、ビルボードクラシックス(※J-POPの実力派アーティストとオーケストラのコラボによるプレミアムコンサートの企画・運営)、番組やDVD・CD制作と、次々に事業を広げてゆき、いずれも成功を収めている。

■阪急電鉄の「宝塚歌劇」とはあらゆる面で対照的

ところで、電鉄会社のエンターテインメント事業と聞いて思い出されるのは、阪急電鉄が運営する「宝塚歌劇」だ。宝塚歌劇は、かつてはライバル関係にあり、今では同じ阪急阪神グループとなった阪神電鉄のビルボード事業とは、あらゆる面で対照的といえる。

『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)によれば、阪急電鉄が運営する宝塚歌劇は、毎日休まず公演を続けること、劇場や劇団員などを自前で保有する「自前主義」など、随所に「鉄道会社らしさ」が表れている。

一方、ビルボード事業は「自前」ではなく海外ブランドを活用し、あえて「鉄道会社らしさ」を切り離し、事業の幅を限りなく広げる戦略をとっている。

宝塚歌劇は、独自の「決まりごと」の中で事業を行い、常連客に安心感を持たせる。ビルボード事業は、ブルーノートの「決まりごと」から脱却することから始まっており、自由な可能性を感じさせる。どちらも「オンリーワン」であることに変わりはない。

阪神コンテンツリンクは、2018年3月には東京ミッドタウン日比谷に「ビルボードカフェ&ダイニング」を開店、そして2020年4月には「ビルボードライブ横浜」のオープンを予定している。先日、ビルボードカフェ&ダイニングには訪れる機会があった。ビルボードライブ横浜にも、ぜひ行ってみたい。どんな「新しさ」を見せてくれるのか、今から楽しみだ。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

『billboardを呼んできたサラリーマン』-電鉄会社の傭兵たちが作った夢の棲家
北口 正人 著
ダイヤモンド・ビジネス企画
248p 1,500円(税別)

<情報工場 「読学」のススメ#76>

COMMENT

冨岡 桂子
情報工場

『billboardを呼んできたサラリーマン』の著者でビルボード事業を立ち上げた北口正人さんは、阪神電鉄に入社してすぐに、子ども向けの遊園地「甲子園阪神パーク」(現在は閉園)に配属された。本書によると、北口さんはそこで、BtoC向け事業の基礎や、「ニーズは常に現場にあること」を学んだことが、後に役立ったという。ブルーノートからビルボードへのブランド変更も、大阪の音楽ファンのニーズをつかみ、ジャンルを幅広くとろうとしたことがきっかけだ。常に「現場のニーズ」を横軸に置きながら、柔軟で大胆な横展開を図ったことが、ビルボード事業成功の理由の一つであるのは間違いない。

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