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【ディープテックを追え】生物生態系を守る。AI研究者の答え

#36 イノカ

東京都・虎ノ門ヒルズのすぐ近く。イノカ(東京都港区)のオフィスには大小さまざまな水槽が広がる。その中には色とりどりのサンゴが並ぶ。海洋の生物多様性を守るにはどうすれば良いか-。人工知能(AI)研究者だった高倉葉太最高経営責任者(CEO)の答えが、その水槽の中にある。

AIとIoTが再現する”自然環境”

写真中央のカメラやセンサーで水槽内の様子を管理する

イノカが手がけるのは、人工で自然環境を再現する「環境移送技術」だ。水槽で飼育するサンゴ礁を管理するのはAIやIoT(モノのインターネット)技術だ。水槽に取り付けたカメラやセンサーで生育環境をデータ化する。沖縄県の瀬底島の環境変化に合わせて、水温や光、水質などをコントロールすることでサンゴ礁を自然に近い状態で飼育する。高倉CEOは「沖縄のある地点のサンゴ礁をオフィスに持ってきたイメージ」と説明する。

AIの世界にいた高倉CEOが自然環境に目をつけたのは、イノベーションの余地を感じたからに他ならない。高倉CEOは「AIは、ほっておいても誰かがやる分野。果たしてイノベーションなのかと感じた」と話す。それに比べ、自然は未知に溢れている。海洋など自然環境はデータによる定量化が進んでいない分野だ。この分野でデータ化できれば、イノベーションを起こせると考えた。

多様な生物が暮らすサンゴ礁

サンゴ礁が地球に占める面積は、わずか0.2%程度だが、海洋生物の約25%に及ぶ約9万3000種が生息しているという。また、津波から海洋生物を守ったり、住処にもなったりしている。これだけ海洋で大きな役割を果たすサンゴ礁だが、環境破壊によって2040年には90%が死滅するとの予想もある。

高倉CEOは「サンゴ礁が死滅すれば、そこに生息する多様な生物も絶滅してしまい、海洋資源を利用する人間にも経済的損失が生じる」と、生物多様性を守る重要性を強調する。同社はすでに産卵前の段階でサンゴの体内に卵がある「抱卵」に成功している。データを使い、海洋の自然環境を保全、回復することを目指す。

オフィスに並ぶ、大小さまざまな水槽

「海洋生態系の保全のリーディングカンパニーを目指す」

事業の大きな柱は教育事業と海洋の基礎研究だ。教育事業では、三井不動産と共同でイベントを開催したことが挙げられる。商業空間にサンゴ礁を移送し、訪れた人にサンゴ礁や海洋環境についてのワークショップを開いた。そのほかにも出前授業など、子供らを中心にサンゴの重要性や魅力を伝えている。

基礎研究分野では、人工で自然環境を再現する「環境移送技術」のシステムを大学や研究機関に販売する。これまで限られた土地でしかできなかった海洋研究を行いやすくする。イノカも化粧品メーカーなどと共同で、日焼け止めがサンゴ礁に及ぼす影響の研究を目指す。データが取りにくかった海洋データを容易に取れるようにシステムの改良を進める。

こうした活動が実を結んだ事例もある。20年にモーリシャス島沖で発生した重油流出事故の対策として、商船三井が主導する「自然環境保護・回復プロジェクト」に参加することになった。イノカのサンゴ礁の知見を活かし、海洋生態系の回復に向けてアドバイスする。

高倉CEO(写真は同社提供)

環境対策は企業の社会的責任(CSR)の側面が強かったが、近年は国連や金融機関、機関投資家が生物多様性の重要性を掲げており、企業の経営マインドも変わりつつある。イノカの取り組みは、こうした新潮流の先端を担っている。高倉CEOは「海洋生態系の保全のリーディングカンパニーを目指す」と意気込む。

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ニュースイッチオリジナル
小林健人
小林健人 KobayashiKento 経済部 記者
自然環境にまで、AI技術が応用されていることに驚きました。今年のノーベル物理学賞のようにコンピュータによる環境変化の予想が身近になってきていることを感じます。とはいえ、広大な空間をリアルタイムで観測するという難題は残ります。さまざまな局所的なデータを結びつけるなど、研究の活発化も重要です。

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