日本では違法だけど…。欧州や米国で盛んな「スポーツベッティング」とは?
世界を見渡せば、デジタル変革(DX)はスポーツ産業の資金循環の姿を一変させている。
「ポスト東京2020」の今後、日本のスポーツは「支援される対象」から「社会の公益を実現するサービス産業」に変わる成長戦略を求められる。
欧州のみならず米国やカナダでも合法化された「スポーツベッティング」は、DXによる「データとコンテンツとエンタメの産業」としてのスポーツの成長戦略の鍵になっている。日本の競馬・競輪などの公営競技と同様、収益は様々な福祉や地域課題解決に還元される仕組みが機能する。近年の欧米のスポーツ産業構造や資金循環に詳しい桜美林大学の小林至教授に聞いた。
「スポーツベッティングに賭けられている金額は世界総計で300兆円規模(合法・非合法あわせて)と試算されています。対象となるスポーツもプロ、アマを問いませんし、国も越えます。たとえば、米国では、ロシアの卓球リーグ、それもトップリーグではない謎のリーグが、ベッティングコンテンツとして人気を博しています。四六時中、試合が行われていて、すぐ決着がつくからだそうですが、なんと、アメリカのプロゴルフツアーに対する賭け金を上回る額が賭けられています。日本国内ではスポーツベッティングは非合法ですが、海外から日本のスポーツ競技もベッティングの対象になっています」
「テクノロジーの進化がベッティングのあり方も変えました。通信速度が飛躍的に向上したことで、試合の開始前に勝敗を賭けるだけでなく、試合中のベッティングが可能になったわけです。例えば、野球ならば、大谷翔平選手が次の打席にホームランを打つかどうかもベッティングの対象になります。スタジアムでもテレビの前でも、楽しみ方が増えています」
「NFL(米国のプロアメリカンフットボールリーグ)だとベッティング参加者は平均1試合に45回賭けています。アメフトはワンプレーごとに区切られますから、フィールドゴールが決まるか、タッチダウンをとるかなどをスナック感覚で少額を沢山賭けるのです。当然、参加者は試合に釘付けになり、没入感が高まります。ベッティング参加者は非参加者と比べると試合中継の視聴時間が2倍との報告もあります」
―スポーツ産業のファンとのコミュニケーションの方法もかわりますね。「2018年6月の解禁以降、米国のスポーツ産業はベッティング中心に動いていると言っても過言ではありません。にわかファンも含めてスポーツの裾野は広がりましたし、ブックメーカーがスポンサーになるなど広告の世界も変わっています。顕著なのはテレビ放送で、スポーツベッティングが解禁されて放映権が跳ね上がっているのみならず、それまで禁じられていたのですが、解説者は「掛け率に基づいたコメント」もできるように一変しました」
「例えば、野球ならば掛け率を参照にしてどちらのチームが有利か、次の回にクリーンアップに回った場合、点が入ると考えている人の割合はどのくらいかなど視聴者を惹きつける解説や実況が可能になりました。また、ESPN(世界最大手のスポーツ専門チャンネル)をはじめ各局ではベッティングのための予想番組が花盛りです」
―ただ、米国では北米4大プロスポーツリーグを中心にベッティングに反対する声もありました。「ベッティング解禁の動きは、ニュージャージー州の税収不足がきっかけです。ニュージャージー州がスポーツベッティングを禁止する連邦法は違憲であると提訴し、連邦最高裁判所が憲法違反であるとの判決を下したことで、一気に動き出した格好です」
「4大リーグとしても、オンラインで行うスポーツベッティングを国内で禁止したところで、インターネットを通じて既に大きな金額が海外の業者に流出するだけの状況に手の打ちようがありませんでした。たとえば、合法化の前でも、NBA(北米で展開する男子プロバスケットボールリーグ)の会場で試合を見ながら、スマホでイギリスのブックメーカーを通じてリアルタイムで違法に賭けている人が少なくなかった。アンダーグランウンドや個人間の賭けも含めると、合法化前の米国のベッティングの市場規模は40兆円とも試算されていました。その多くの部分が海外に流出していたわけです。『それならば合法化して、監視した上で課税対象にしたほうがいいのでは』という考え方に4大リーグも傾いていきました。実際、解禁された後の状況を見ると、州が税収を得るだけでなく、4大リーグ自身も、放映権の契約更新金額が大きく増額したことも報道されています。」
「現在、米国では22州とワシントンDCで合法化されています。10州は準備中です。合法化から3年で市場は7兆円規模で、税収は約600億円になっています。2025年には市場は17兆円にまで成長すると予想されています」
「どのスポーツも八百長が横行すればファンが離れるのはわかっています。ベッティングという形で人々の関与が増えることで、不正は厳しくチェックされるようになり、今まで以上に運営が透明化される傾向にあります。さらに、今はテクノロジーを使うことで、インサイダーが疑われるような異常な取引や、八百長が疑われるプレーがあれば検知できますし、取引のトレーサビリティも可能です。不正はゼロにはできないかもしれませんが、参加者の増加とテクノロジーの進化で限りなくゼロには近づけられます。株式市場と同じですね」
経済産業省サービス政策課の浅野大介課長はこうコメントする。「今年の5月に自民党スポーツ立国調査会スポーツビジネス小委員会からいただいた『宿題』は、『スポーツがDXによって様々な公益を助ける成長産業に化けて、大きな資金循環を作るために必要なことをすべて検討せよ』というものです。世界のスポーツ産業の成長戦略を直視して、日本の歩むべき道を考えるのがスポーツ庁と経済産業省のここからの仕事です。」
日本のスポーツは成長産業、公益実現産業になれるか、知恵の絞りどころである。
小林至(こばやし・いたる) 1968年生まれ。元ロッテ投手。米コロンビア大でMBA(経営学修士)取得。博士(スポーツ科学)。2020年4月より現職。