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電動化が進む次世代航空機。サプライヤーの活路は

電動化が進む次世代航空機。サプライヤーの活路は

川崎重工業が描く水素航空機のイメージ。ジェット燃料と比較して4倍の大きさになるタンクを胴体後方と主翼付け根付近に積む構造


世界的に脱炭素化の取り組みが広まっていく中、日本の航空機関連メーカーは、これまで培ってきた技術を強みとし、次世代航空機への参入を目指している。環境貢献に付加価値の高いこれらの技術は、海外の航空機OEMからも注目されている。航空機分野のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現に向けて、特に注目されている技術が、水素、機体の軽量化、航空機の電動化だ。今回は、水素、機体の軽量化について取り組む川崎重工業と帝人に中長期の戦略や課題を聞いた。

水素エネルギーを展開し、脱炭素社会実現へ

川崎重工業株式会社は、1970年代から米国の航空機OEMのボーイング社と国際共同開発のパートナーとして機体の開発・製造に携わってきた。また、同社は、水素社会構築に向けて、水素の製造技術や運搬技術の開発に取り組んできた。中でも、JAXA種子島宇宙センターに設置した液化水素貯蔵タンクは、30年以上にわたる実績を積み重ねており、水素技術においても優れた技術を有している。

川崎重工業航空宇宙システムカンパニーの木下康裕フェロー

川崎重工業航空宇宙システムカンパニーで水素航空機担当を務める木下康裕フェローは、「脱炭素社会を実現するために、水素エネルギーを「つくる、はこぶ・ためる、つかう」についてビジネスをグローバルに展開する」と話す。

石油や石炭など、化石燃料は燃焼させることによりCO2(二酸化炭素)が発生する。一方、水素は、燃焼させてもCO2は発生しない。このため、水素を使ったエネルギーは、クリーンエネルギーとして注目され、エネルギー効率も高い。

水素エネルギーを航空機へ展開

同社は、水素エネルギーの活用分野でも技術を有している。木下フェローは、「川崎重工は何年も前から水素社会に変わることを見据え、水素エネルギーに取り組んできた。水素を使うのに、一番難しいのは航空機だが、航空宇宙システムカンパニーがこれをやらない手はない」と水素航空機の実現に意欲を燃やす。水素技術と航空機技術の知見を同時に有する企業は限られており、同社に寄せられる期待は大きい。

水素航空機の実現に向け、同社ではコア技術である水素燃焼器、液化水素タンク、水素供給システム、さらに機体構想の研究開発に取り組む。ジェット燃料と比べてエネルギー当たりの体積が4倍で、マイナス253度Cの極低温である液化水素を、空を飛ぶ航空機の燃料に活用するには技術的ハードルも高い。極低温に耐える軽くて丈夫なタンクや、ICAO(国際民間航空機関)の厳しい窒素酸化物(NOx)規制に対応する水素エンジンの開発に加え、ジェット燃料と比較して4倍の大きさになるタンクを機体のどこに積むのかも大きな課題だ。

同社は、それらの研究開発を進め、2030年を目処に、水素燃焼向けの航空エンジン燃焼器の実証を目指す。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の試験場で、川上の液化水素燃料タンク、川下の水素エンジン、それらをつなぐ水素燃料供給システムで構成する世界初の一気通貫の水素システムの統合実証試験(地上)を計画中だ。地上ができれば空へ。木下フェローは「水素技術のリーディングカンパニーとして、一気通貫の水素システムを武器に、海外OEMの事業パートナーとして、水素航空機と水素エンジンの開発プロジェクトに参画する。水素航空機を飛ばすには日本の技術が不可欠と言える状況にしたい」と意欲的だ。

水素航空機の実現に向け、空港インフラの整備にも取り組む。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の事業で、神戸空港に水素タンクを設置し、液化水素を船からタンクに運ぶ実証事業を実施。「はこぶ・ためる」を実際に行っている。

技術的な課題に加え、水素のコスト引き下げも大きな課題だ。流通量を増やし、生産コストがガソリンやLNG(液化天然ガス)と同程度となれば、燃料として使いやすい。さらに、よく燃える水素の性質を鑑みて、安全性の確保も重要だ。国際認証の取得と安全基準の国際標準化が求められる。

炭素繊維で機体構造の軽量化を実現

帝人の青木一郎航空宇宙材料営業部長

炭素繊維は、鉄の10倍の強度を持ちながら重量は鉄の4分の1で、高強度と軽量性の両立を可能とする材料であり、自動車産業をはじめとした様々な分野で必要不可欠な材料となっている。特に、航空機分野では、炭素繊維でプラスチックを強化した複合材であるCFRP(炭素繊維強化プラスチック)の機体構造への導入が進み、航空機の軽量化につながっている。燃費が大幅に改善されるため、カーボンニュートラルの達成に欠かせない技術と言える。

炭素繊維の世界シェアは日本メーカーが過半を占めるとされ、帝人は、航空機向け炭素繊維で実績を持つ業界トップ企業の一つだ。

帝人の材料を使ったA320neo(出典:Airbus)

帝人炭素繊維事業本部営業部門の青木一郎航空宇宙材料営業部長は、「水素も電動化も、エネルギー効率や飛行距離に課題があり、機体の軽量化は引き続き必須。高性能な材料をリーズナブルな価格で提供することをまずやっていく。加えて、機体メーカーからの要望が強い、製品のライフサイクル(製造、使用、廃棄)における環境負荷を評価するためのデータ提供やリサイクルに向けた取り組みを行う」と戦略を描く。

製造スピード向上と低コスト化を目指す

青木部長は、研究開発について「航空機メーカーの要望を取り入れつつ、現在、帝人の強みであるCFRPを主軸として、更なる技術開発を目指す」という方針だ。

具体的には、航空機メーカーからの要望を受け、製造スピード向上と低コスト化に向けて材料開発を進めている。従来CFRPは、炭素繊維に熱硬化性の樹脂(プラスチック)を含ませたシートを重ね、オートクレーブ(CFRPの加工に用いる圧力容器)で加熱・加圧する成形法が一般的である。この方式だと成形に時間がかかり、設備投資・維持費も高い。そこで帝人は、より高速で熱硬化する樹脂を開発し、製造スピード向上を目指している。

加えて、今後本格普及が期待される熱可塑性樹脂の開発も進めている。この樹脂を用いることでオートクレーブを使う必要がなくなり、さらなる製造スピード向上が可能だ。また、オートクレーブの購入・維持費も不要となり、低コスト化も期待できる。さらに、CFRPの板同士での溶着が可能になるため、これまで接合に使っていた金属製のねじが不要になり、更なる軽量化や加工にかかる手間やコストも低減できる。

カーボンニュートラルへの効果を見える化

CFRPは、航空機の軽量化による燃費向上を実現し、脱炭素化に貢献するが、加えて、CFRPのライフサイクルにおける環境負荷も低減する必要がある。

欧州では、CO2排出量削減の要請が強く、環境負荷低減の見える化が欠かせない。航空機材料の炭素繊維も、こうした観点のアプローチが求められている。

帝人でも、海外顧客の要望に応え、炭素繊維のライフサイクルアセスメント(環境負荷の評価)に取り組む。炭素繊維を使用した場合、金属と比べて温室効果ガスがどの程度排出されるのかなどを数値化し、材料の価値を示す指標として提供していく考えだ。

炭素繊維のリサイクル性についても、機体メーカーが材料の採用を検討するにあたり明確な指標になると言われている。しかし、航空機材料は高い品質保証が求められるため、航空機を解体して、その材料を再び航空機に使用するためには、再利用する部品の健全性を証明する必要がある。また、リサイクルにより炭素繊維の特性は劣化するため、重要部品への適用は難しい。そのため、要求特性は下がるが、その分「低コスト」が求められる部品が当面の対象になり、コスト負担への対応も必要となる。こうした前例のない取り組みにおいて、帝人1社で認証を得るのは難しい。

青木部長は、「幸いにして炭素繊維メーカーは日本が強い。しかし、メーカー1社ではできないことも多く、業界、政府、一丸となってやっていく必要がある」とし、政府の脱炭素化に向けた研究開発やインフラ整備への支援に期待を寄せる。

川崎重工業も帝人も、航空機以外の分野も含めた自社の強みを生かしながら、次世代を切り開こうとしている。顧客ニーズを的確に把握し、適切なタイミングで技術提案をしていく。次代航空機の実現に向け、これまで培ってきた日本の技術がカギになりそうだ。

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