新たな産業革命の幕開けか?理化学研究所が再現に成功した「量子熱機関」がスゴイ

エンジン・冷凍機、重ね合わせ

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エンジン(左)、冷凍機(右)、それらの量子重ね合わせ(中央)のイメージ(理研提供)

産業革命以後、熱から動力を生み出す「エンジン」や、その逆の過程である「冷凍機」などの熱機関は、我々の生活に欠かせない基盤技術となった。最近、理化学研究所の大野圭司専任研究員、フランコ・ノリ主任研究員らの国際共同研究グループが、こうした熱機関に量子技術を導入した「量子熱機関」と呼ぶ新現象を模擬的に再現することに成功した。“量子時代”の新しい産業革命の幕開けを予感させる成果だ。(藤木信穂)

スピン利用

近年、量子コンピューターをはじめとする量子技術が進展している。量子技術の最小構成単位は「量子ビット」で、これを用いた熱サイクルが量子熱機関だ。量子ビットは、それ一つだけで最小の量子熱機関になる。

研究グループは、電子が自転する回転の内部自由度(電子スピン)の量子ビット「スピン量子ビット」を使い、量子熱機関の挙動を再現する実験を行った。その結果、エンジンと冷凍機に相当する、二つの熱機関の動作の間に「量子重ね合わせ」の状態が現れることを確認した。量子重ね合わせ現象は、いわば量子技術の根幹だ。通常のデジタル回路では「0」か「1」の二つの状態に情報が保持される。一方、量子ビットは「0であり、かつ1でもある」という、量子重ね合わせを表現することができる。

量子ビットを使って従来の熱機関に量子技術を導入すると、高い効率で動かせたり、新しい機能を加えたりできるようになると期待される。そのため多くの研究機関が理論的、および実験的な研究を進めており、これまでに「超電導量子ビット」や「イオントラップ」を用いた実装が行われてきた。

電流値で測定

今回用いたスピン量子ビット素子は、一般的な超電導回路からなる量子ビットよりも、約100倍高い温度で動作させられるため、実験が容易だ。また電界効果トランジスタに似た構造を持つことから、電流値で量子ビット状態を測定できるという利点もある。

実験では、一定の磁場の下で、約9ギガヘルツ(ギガは10億)の磁気共鳴周波数を持つスピン状態を用意。エンジンと冷凍機の二つの熱サイクルを想定し、電圧を方形波状に変調することで、スピンの2準位エネルギー差が大きい、または小さい状態が周期的に代わる状況を作り出した。

すると、ゆっくりとした方形波変調の下で再現される、従来の熱サイクルを模した状況では、量子ビットの測定は“古典的”な結果を示した。

一方、速やかな方形波変調の下では複雑な干渉パターンを示した。これは、二つの熱サイクルの干渉効果、つまり「量子重ね合わせ」が現れたためだと解釈できる。

今回の実験は高温部分と低温部分を省いており、厳密な量子熱機関とはいえない。だが今後、これを含んだ量子熱サイクルを実現できれば、「エンジンと冷凍機の機能を高速で切り替えるといった、古典的な熱機関では実現できない技術の開発につながる」と大野専任研究員らは展望している。

日刊工業新聞2021年7月9日

COMMENT

藤木信穂
編集局調査管理部
記者

サイエンスフィクション(SF)のサブジャンルの一つに、蒸気機関が普及した世界観を描くスチーム(蒸気機関)パンクがある。例えば、小説『ディファレンス・エンジン』は蒸気式のコンピューターが高度に発達した世界を舞台にする。一方で、量子エンジンの研究が進み、ついに学問の世界で「量子スチームパンク」という言葉が聞かれるようになった。量子コンピューターしかり、SFの世界が猛スピードで現実に近づいている。

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