“人工冬眠”が2030年代にも実用化、医療現場を変える

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サーモグラフィー(写真左)では、脳の一部を興奮させたマウス(左側の個体)の体温は通常のマウスと比べて低下しており、冬眠に似た状態に誘導できた(筑波大・桜井武教授提供)

代謝下げエネ消費抑える

“冬眠”の臨床応用技術が2030年代に実用化されるかもしれない。人工的に冬眠に似た状態を作り出せれば、代謝を下げて酸素・エネルギー需要を安全に低下させることができる。重症の患者を搬送する時にその患者の組織や臓器が受けるダメージを最小限に食い止められる可能性がある。将来は酸素や飲食物が限られる宇宙進出に貢献する技術としても有望だ。(山谷逸平)

脳神経を刺激

理化学研究所生命機能科学研究センター(BDR)の砂川玄志郎上級研究員と筑波大学医学医療系の桜井武教授らは20年6月、マウスの脳神経の一部を刺激し、冬眠に似た状態を作り出すことに成功したと発表した。

通常は冬眠しない動物を冬眠状態にできたのは今回が初めてとなる。実験に使ったマウスは体温と代謝が数日間にわたって低下していた。

研究グループは、冬眠に似た状態を作り出すこの神経細胞群を「Q神経」と名付けた。砂川上級研究員は、「冬眠しない動物で冬眠に近い状態を作ることに成功し、冬眠状態をオンデマンドで作り出すことに成功した」と技術の新規性を強調する。

一般的に哺乳類は、体温の設定温度である37度C前後を保とうとする。このため、体温が下がるとエネルギーを消費して発熱する。だが、冬季や飢餓などの危機的状況では意図的に代謝を下げることで、エネルギー消費を抑えて生存するシマリスやヤマネなどの種がいる。この低代謝状態は休眠と呼ばれ、24時間以内の休眠は日内休眠、季節性かつ1日以上続く休眠は冬眠と呼ばれる。

もし人間にも人工的に冬眠に似た状態を作り出すことができれば、救急搬送や集中治療、全身麻酔、臓器保存・再生医療といった臨床の現場で応用できるかもしれない。

臨床応用へ研究

理研BDRでは19年度にセンター内横断プロジェクトの一つとして、「QMINプロジェクト」を設置。臨床応用に向けた関連研究に力を注いでいる。

例えば、霊長類や人間で人工冬眠を試すにはハードルが高いため、疾患のモデルマウスを休眠・冬眠状態に誘導した時に病気の進行を遅らせられるかを確認する研究を実施。さらに冬眠する代表的な動物の一つである、ゴールデンハムスターのQ神経を刺激して冬眠を人工的に誘導できるか検証する研究などを進める。

同プロジェクトリーダーの砂川上級研究員は「プロジェクトが終わる23年度までに誘導の成功を目指す」と意気込む。

人工冬眠が医療現場に浸透すれば、「どんなに心臓や肺の状態が悪い患者でも全身の代謝を落とせれば体の負担は軽くなる。既存の医療と組み合わせれば、より良い効果が得られるかもしれない」(砂川上級研究員)。

さらに、将来的に日単位、月単位で人工冬眠ができるようになれば「人生のひととき、人工冬眠で過ごすという選択肢もある」(同)。ただ、人間への応用のハードルはまだまだ高く、「人間が10分間安全に代謝が落とせるようになるのは、最短でも30年代後半になるのでは」(同)。SF映画で描かれるような人工冬眠による宇宙進出は当面先のようだ。

日刊工業新聞2021年5月17日

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