ソニー・井深大氏の言葉がデザインの助けになってきた
岐路に立った時、悩んだ時、新しい発見をした時、寄り添ってくれた本がある―。
経営者、学者、話題の人たちに、何度も読み返したり、影響を受けたりした本を紹介してもらうコーナーです。
ザートデザイン社長・多摩美術大学教授 安次富隆(あしとみ・たかし)氏
「これからのデザインは経営者の隣にあるべきだ」―。ある雑誌に掲載されていた井深大氏のこの一言に魅了されて、ソニーへの入社を決めた。
当時、クリエイティブセンターが取り組んでいることを経営者にプレゼンする場が月に1回あり、新人だった私も井深氏や盛田昭夫氏にプレゼンをした思い出がある。また、ベータマックス15周年記念モデルのデザインを担当した時も、生みの親である井深氏を意識した。
「井深大語録」(井深精神継承研究会編著)は、自分の立ち振る舞いを軌道修正する時に何度も読み返し、ぼろぼろになっている。「プロジェクトを組むときに大切なことは二つ。キーマンを見つける。そしてその人がやる気になるよう説得する。それができれば、目的は半ば達成したようなもの」など、井深氏の言葉1つひとつに助けられてきた。
また、「今作られているのは、言語・理論・計算をつかさどる左脳的コンピュータ。これからは、芸術・信仰といったような、言葉で表せない分野の発想がある右脳的コンピュータが必要な時代だ」というのをずいぶん前に話しているなど、アイデアにも驚かされる。
「意味の変容」(森敦著)は最も影響を受けた本の一つ。数学を用いて哲学について書いており、語りかけられているよう。難解だが、何度読んでも新しい発見がある。私たちが「当たり前だと思っていること」を疑う視点を持たせてくれた。
「精神と自然 生きた世界の認識論」(グレゴリー・ベイトソン著)で最もインパクトを受けた部分は冒頭。授業で、ベイトソンが茹でたカニを机の上に置き、美術学生へ問いかける。「この物体が生物の死骸であるということを、私に納得のいくように説明してみなさい」。学生たちは議論を交わし、悩んだ挙句、「成長の痕跡がある」という仮説を考え出す。
私たちは学校で「これは〇〇です」という教育を受けるが、子どもの頃持っていたような疑問をいつまでも持っていなければ、と思わせてくれる1冊。
最近「利他」が注目されているが、利他的であることに対してすでに言及されていて驚いたのが「知恵の樹」(ウンベルト・マトゥラーナ、フランシスコ・バレーラ共著)。「自分というものの中に他者も入っていて、地球や宇宙も包含されている。逆に、宇宙や地球があり、そのなかの一部として自分がいる」というようなことが書かれていて、利他の中に利己があり、利己の中に利他があるのではと考えた。デザインはさまざまな他者との関わりの中にある。今後何をどうデザインしていくべきか考える時に、支えになっていくと感じる。
「どんな創作活動も1本の線からスタートする」と常々考えてきた。「ラインズ 線の文化史」(ティム・インゴルド著)を書店で発見し読んでみると、人の生き方や行為がラインに沿って進行するということが書かれていて、考えてきたことと合致した。 また、投入するエネルギーを小さく、アウトプットする仕事量が大きい方が地球にとっても人にとっても良いのではないかと思い、デザインの軸としてきた。ラインというのは最小限。いかに最小限度で物事をデザインしていくかに関しても本が述べていることが大いに参考になった。 本は時間をかけて作られていて、情報の密度が高い。また、一人でいろいろなことを経験するのは不可能だが、本にはたくさんの人の経験や思考が凝縮されている。デザインはより多くの人に喜んでもらう必要があるが、本を読むことが一番その助けになると思う。
わたしと本の付き合い方
お気に入りの書店には何時間でも居られる。「海岸を歩いていたらすてきな貝殻が目に留まって拾う」という感覚で本を手に取り、パラパラめくり、良さそうなら買う。「今日はこの本の気分」と、日によって複数冊を行き来して読む。
他人の本棚を見るのも好きで、自分が持っている本と同じものがあれば嬉しいし、逆にまったく共通点がない場合でも興味が湧いていろいろ質問してしまう。その中でも面白くて欲しいなという本があるとたいてい古書。借りるのは苦手なので、ネットで必死に探して買っている。
安次富 隆
プロダクトデザイナー|有限会社ザートデザイン 取締役社長
グッドデザイン賞2021年度審査委員長
85年多摩美術大学卒。ソニーデザインセンター入社。91年ザートデザイン設立取締役社長。2000年よりグッドデザイン賞審査委員。02年多摩美術大学助教授、08年教授。沖縄県出身、61歳。