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他人事ではない!枠組みを超え「みんなでデザインする」メリット

【特集】歩み寄るデザインとビジネス #6 協業のヒント
他人事ではない!枠組みを超え「みんなでデザインする」メリット

 

ビジネスにおけるデザインのニーズが高まる中、人々とデザインの関わり合いにも変化が起きている。企業が自社内にデザインに関する組織をつくったり、サービス開発や事業戦略にデザイナーが参画したりする事例も増加。最近では保育、介護、行政などこれまでデザインと縁遠い存在に思われていた領域でも、その考え方を取り入れる動きが見られる。
 社会全体でデザインの役割が大きく価値転換する中、技術や知識の垣根を超え、異なる領域が協力し合うためにはどのような工夫が考えられるのか。デザインをはじめ、ビジネスにおける多様な立場の人々が協業するためのヒントを探った。(濱中望実)

ブランドや事業の成長を支える力に

そもそも、世間一般に「デザイン」とはどのような存在だろう。“お洒落”、“洗練されたもの”といったイメージを浮かべる人も多いかもしれない。実際、広告や商業においては“ちょっといいもの”に対する便利なキーワードとして「デザイン」という言葉が利用されてきた歴史がある。
 関連して、従来的なビジネスにおけるデザインとの関わりも「専門的な知見を持った外部に発注する」取引がほとんどだった。その結果、多くの人がデザインを“他人事”のように扱う状況につながっていった。

しかし、近年ではこの認識に変化が起きている。「昨今のビジネスにおけるデザインの捉え方は、専門家からアイデアや意匠設計を売り買いするのではなく、経営資源として“自分ごと”にする意識を強めている」。コミュニケーションと情報デザインの専門家で、デザインを協働するアプローチの研究を行う専修大学ネットワーク情報学部の上平崇仁教授は、ビジネスとデザインにおける価値転換をこう指摘する。2018年に経済産業省・特許庁が発表した『デザイン経営宣言』が、デザインを「企業競争力に資する力」と位置づけたように、特にビジネスの領域ではブランドや事業の成長を支える力としてその重要性が高まっている。

 

多くの人が専門家に“お任せ”してきた「つくる」「デザインする」行為は、あらゆる立場の人へ解放されつつある。

協働デザイン

センスや感性の話ではなく、自身の仕事に関わる活動としてデザインの意識改革が進む中で、デザイナーや専門家などの限られた人だけではなく、プロダクトやサービスの利用者、事業に関わる組織全体が積極的にデザインに参加していく取り組みが広がっている。このアプローチは「コ・デザイン(Co-design) 」と呼ばれる。接頭語「Co」は“共に・協働して行う”という意味だ。ビジネスにおいては顧客の声を集めてサービスを改善したり、消費者のアイデアをもとに商品開発を行ったりする例がわかりやすい。

コ・デザインの潮流は、デザインプロセスを事業戦略やPDCAに組み込み、外部の仕事として切り出される場合とは違った「ビジネスとデザインの関係性」を築く。

デザインの対象の違いによる視座や専門家に求められる立ち位置の変化(書籍『コ・デザイン-デザインをすることをみんなの手に』より抜粋)

また、コ・デザインは企業同士の活動にも通じる考えだ。例えば、中小企業がアライアンスを結んだパートナーと共同事業や製品開発を行うことも“共創”と言える。「製造業や町工場の職人技術には、古くから協業する相手の知見や文化をとり入れ、より良いものづくりを目指す姿勢がある。BtoB事業や産業界はビジネスにおけるコ・デザインが実践しやすい環境として期待できる」(上平教授)。

とはいえ、何事にも“みんなでやったほうがいいこと”と“一人でやったほうがいいこと”がある。ひとこと「デザインに参加する」と言っても、全工程に全員が入り込んで意見したり手を動かしたりするのは現実的ではない。
 協働を実現するためには、例えば、コンセプト策定やアイデア発想の場では多様な立場から意見を募り、具体的なかたちに落とし込む仕事はそれを汲み取った専門家に委ねるといった仕組みづくりが重要だ。「すべての意思決定に関わることは難しいとしても、デザインの方針や事業計画を共有することはできる。異なる専門領域への参加アプローチは、政治の世界における『間接民主制』のように捉えると理解しやすい」(上平教授)。

先入観を捨てる

コ・デザインのような参加型の取り組みが注目される一方で、組織や部門の壁が厚く、他者とのかかわりに制約がある現場も多い。特に大企業は制度や決め事が多く、個人の自由な発想や権限委譲を制限してしまう傾向にある。
 デザインに限らず、本質的な協業の機会を創出していくには、あらゆる立場の人の意見を組織全体に循環させていく仕組みや環境づくりが求められる。トップダウンで全てが決まっていくのではなく、個人の意見や現場の取り組みがもととなって変化につながる体験が、立場を超えた共創の視点を築くきっかけになる。規則やルーティンも「絶対に変えられない存在」ではなく「多くの人が目線を合わせてより良い環境をつくるためのヒント」と考えれば、今とは違った見方になり得るだろう。

加えて、デザインパーソンとビジネスパーソンが専門性や職域を超えて協業するためにはどんな工夫が必要なのか。上平教授は「相手に対する先入観を捨て、歩み寄る姿勢が大切。その上で、相手の背中から学んだことを自らの仕事に反映していく態度が専門性や職域の越境につながる」と指摘する。

SMBCのデザインチームはデザインにおける共通ルールを事業部全体と共有し、フィードバックしあう環境を築いている

本来、デザインに取り組む機会は誰しもに開かれている。「自分がやってはいけない」と考えず、興味を持って体験に踏み出すことが理解を深める一歩だ。身近な場所で開催されるワークショップに参加したり、ノーコード開発ツール(※1)を活用したりと、「アイデアを考えてかたちにする体験」が一人一人とデザインの距離を縮める。
 デザイナー側も「相手はデザインを知らない。わかり合えない」と決めつけてしまっては、その先の信頼につながっていかない。ビジネスのリテラシーを上げ、意思決定する相手と対等な目線をもつことが本質的な協業につながっていく。

意識を変える

社会全体でデザインに参加する動きは増えているが、「デザインにはデザイナー以外関わるべきではない」という認識も根深い。そこにはふたつの要因がある。
 ひとつはデザインを学ぶ機会が限られていた点だ。見た目以外の情報(色やかたちの意図、制作過程)を知るきっかけや、開かれた教育の場がほとんどなかった。マスメディアでは生活に身近な事例よりも、著名なデザイナーの華々しい活躍に焦点を当てた情報が目立ち「デザインは飛び抜けた才能を持った人のもの」というイメージを間接的に広げていった。
 もうひとつの要因は、デザイナーがデザインの世界に閉じてきた点だ。作り手による説明や情報発信が少なかった(※2)ことで、専門知識を持たない人からはデザインの理由やプロセスを理解しづらい状況があった。

しかし、これらの課題には少しずつ変化の兆しも見られる。デザイナーによるカンファレンスが開催されたり、クライアントとデザイナーの両者が協業事例について発信したりと、デザインとビジネスの関わりを知る機会は着実に拡大している。情報発信の増加は、これまでブラックボックスだったデザインの過程を、他者が理解しやすいクリアなものにしていくと期待できる。

デザインに関するイベントの事例(提供: 特定非営利活動法人 BEPPU PROJECT ©Anish Kapoor Photo: Nobutada Omote クリエイティブネットワークセンター大阪 MEBIC)
 また、2023年からは高校生の情報の授業で「コミュニケーションデザイン」の課程が導入される。センスや感性の延長線上としてではなく、日常で情報を扱う際のリテラシーとしてデザインの役割を学ぶ世代の登場は、これまで社会全体が抱いていた先入観の変革にも通じていきそうだ。

※1……プログラミング不要でアプリやWebサイトを作れるシステム。
 ※2……取引や契約のかたちによっては最終成果物の著作権をクライアントが保持しており、作者本人が発信できる情報は限定的になるケースもある。

上平崇仁教授
上平崇仁
 専修大学ネットワーク情報学部教授。筑波大学大学院芸術研究科デザイン専攻修了。グラフィックデザイナー、東京工芸大学芸術学部助手、コペンハーゲンIT大学客員研究員等を経て現職。最近の関心領域はコ・デザイン、デザイン態度、デザイン人類学など。
濱中望実
濱中望実 Hamanaka Nozomi デジタルメディア局コンテンツサービス部
特集タイトルは、デザインとビジネス、お互いに理解し合う姿勢の大切さを伝えたいという考えから名付けたものです。デザインを学ぶビジネスパーソンが増えているように、ビジネスを学ぶデザイナーも増えています。これまで築かれてきた価値観を超え、対話し、生かし合う環境づくりが本質的な協業につながっていくのではないでしょうか。

特集・連載情報

歩み寄るデザインとビジネス
歩み寄るデザインとビジネス
企業内にデザインに関する組織ができたり、ブランドやサービス開発の基盤づくりにデザイナーが参画したりする動きが広がっている。ビジネス開発の初期段階からデザイン視点を取り入れ、成功している例も増加。デザイナーでなくともデザイン視点を持つことの重要性が高まっている。
デザインを軸に、さまざまな部署の人が関わりながらビジネスを展開するには、どのようなコミュニケーションが必要か。

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