国民のフラストレーションは明確な情報や全体像が与えられないため。コロナでも繰り返す「失敗の本質」

早稲田大学政治経済学術院副学術院長・深川由起子

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沖縄・米軍嘉手納基地に準備されたワクチン(米軍ホームページより)

繰り返される「失敗の本質」

またこの本の季節が来るのか――。新型コロナウイルス感染第3波で2月7日までの「緊急事態宣言」が続く中、戸部良一氏ら6名の研究者による『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(ダイヤモンド社)を思い返した読者は少なくあるまい。1984年の初版以来、同書が70万部をゆうに超えるロングセラーなのは、バブル崩壊後の不良債権処理、アナログ型製造業の競争力喪失、東日本大震災後の原発事故などの度に、同書が持ち出されてきたからだ。

『失敗の本質』は、属人性と官僚型組織原理に依存し、リーダーが現実を直視できず、学習棄却(かつての知識を捨てた上での学習)が進まず、戦局の転換に柔軟に対応できない日本人組織の特性を指摘したものである。

第3波をそれなりに管理できれば「日本モデル」は夢ではなかった。大規模なPCR検査も実施せず、「協力お願い」水準の統制だけで、個人情報を犠牲にした行動追跡も行わず、いまだファクスに依存した保健所システムを使い、それでも欧米に比べれば圧倒的に少ない感染者数・死亡率で世界一の高齢化社会を維持できた初戦。それはファクターXとしか説明のしようのない善戦だった。

しかしながら、戦局は次々に転換する。自覚症状のない軽症者でも感染を広げることや、軽症者が突然に重症化することが判明し、やがて保健所の経路追跡は限界となり、さらに感染力の強い変異ウイルスが流入した。他方で、待望のワクチン接種という出口も見えた。国民の大半が抱える不安やフラストレーションはこうした戦局転換にどう対応しようとしているのか、明確な情報や全体像が与えられていないことによるだろう。

PCR検査が比較的身近で、自身が陽性者となれば、それでも出歩く若者は多いだろうか。また戦局が感染者を低く抑える段階から、救える命を救う、という総力戦局面にとうに入っているとすれば、政治資源は罰則や事業者名の公表基準といった特別措置法の詳細より、民間を含めれば病床数が十分にありながらも入院を必要とする者を収容できない、という矛盾の打破に優先使用されるべき、というのが素直な国民感情だろう。自宅療養をめぐる悲劇の頻発は結局、ワクチン接種の着実な実施もかなわないのではないか、といった疑心暗鬼をも惹起(じゃっき)する。

技術がないのではない。日本企業の提供した全自動PCR検査システムはフランス大使館から感謝状が贈られたほどだった。一時は品薄となったマスクや消毒剤も今では、使い勝手や用途別にさまざまな工夫が施された商品が店頭に溢(あふ)れる。重症化する感染者特性がかなり特定できるという研究成果も報道された。

現場力も健在だ。医療や介護の現場では超人的な努力とともにファクターXの細かな工夫が今も無数に生み出されているだろう。人手の制約ばかりが強調されるが、一時期の欧米は既に引退した医療人や医学生までが投入され、ボランティアも多く動員された。戦局転換の認識が遅れれば制約からは逃れられない。

「失敗の本質」回避には何が必要か、議論は長い間、繰り返されてきた。しかし問題はその実践だ。その機会が迫りつつあるのでなければよいのだが。

【略歴】ふかがわ・ゆきこ 早大政経卒、日本貿易振興機構などを経て、米エール大大学院修了。03年東大大学院総合文化研究科教授、06年早大政経学術院教授。前日本学術会議会員。著書「韓国・先進国経済論」で大平正芳記念賞を受賞。61歳。

日刊工業新聞2021年1月25日

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