「飼われた鶏になるな、放し飼いの鶏であれ」 町の中小企業が世界トップになった社員の生かし方

住田光学ガラス、自由な発想の種まきで複数の柱が生まれた

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光学ガラスを使った光ファイバーは細径化を進めるなど独自製品を世に送り出し続けている

JR京浜東北線の与野駅から徒歩5分あまり。線路沿いに本社を構える住田光学ガラスは世界でも名の知れた企業である。1953年の設立以降、「誰も、まだやっていない」にこだわり、非球面レンズや光学ガラス光ファイバーなど従来にない製品を世に送り出し続けてきた。特に、光学ガラス光ファイバーは医療や照明、計測など非通信分野でトップシェアを握る。高い競争力の源泉には、自由な発想を重んじる社風がある。

「ナゼ太郎」に込められた思い

本社3階のショールームを抜けると廊下に鮮やかな色をしたニワトリの姿が目に入る。同社のマスコットの「ナゼ太郎」だ。

1980年代末、社長に就任する前の住田利明氏は、自社の強みやポリシーをわかりやすい形で世の中に示す仕事に着手していた。光学ガラスの世界では世界初の製品を手がけるなど、技術力には業界でも定評があったが、「会社の実態は町の中小企業だった」(住田利明社長)。会社案内をつくるなど、会社の形を少しずつ変えようと試みていた。

「当社の強みは開発力だ。では、なぜ、新しい製品を次々と開発できるのか」。その時、父親の進氏(当時の社長)の言葉がヒントになった。「うちの社員は放し飼いの鶏のように育てられているからね」。

飼われた鶏のように従順でなく、放し飼いの鶏のようだから、自由に動き回れる。常識に縛られず、なぜかと自分の頭で考えるから、おもしろい発想が浮かぶ。これからもこの社風を大事にしたい。飼われた鶏になるな、放し飼いの鶏であれ。そうしたメッセージを込めて会社のマスコット「ナゼ太郎」が誕生した。それ以来、「ナゼ太郎」は同社の象徴になり、今では「社名は知らなくてもニワトリの会社と認識してくれる人もいる」(住田社長)ほどになった。

社員が自由に動くとなると 管理が難しそうだが、住田社長は「管理が必要ないなら、それが一番。だから、何も言わない。私が、何も言わないで、結果が出るなら、それでいい」と語る。「社員にはそれぞれがおもしろいことを、誰もやっていないことを楽しんでやって欲しい。私の役割はそのために資金繰りなど環境を整えること」と説く。

同社のマスコットの「ナゼ太郎」と住田利明社長。「ナゼ太郎」には飼われた鶏になるな、自由であれとの思いが込められている

実際、何をやるかは社員に任されている。研究部門ならば、テーマを自分で考えて、自由な発想で開発する。もちろん、会社から指示されたやるべきこともあるが、時間の使い方も強制されず、自分のやりたいことを考えながらスケジュールを組む。自主的に取り組んだテーマについて、結果を叱責されたり、成果を必要以上に求められることもない。

「失敗が経験になり、将来の成功を生む。頭で考えていても何も変わらない。まずやってみないと」(住田社長)。

経営が厳しい時もあった。リーマンショック後には売り上げが最盛期の3分の1まで減った。だが、その時も、自由な発想を重視する体制を変えなかった。「そこを変えてしまったら、別の会社になってしまう。今は『冬眠しよう』と皆に呼びかけた」と当時の心境を語る。

こうした自由な体制が話題を呼び、入社希望者が新卒、中途を問わず、後を絶たない。手厚い開発人員は開発者の自主性を尊重する社風がもたらしているといえよう。

もちろん、自由な発想を活かす確固たる地盤が同社にはある。材料の調合から最終製品の製造までの一貫体制だ。通常、光学機器メーカーは材料のガラスを外部から調達するケースが多いが、同社は外部から調達せずに自社で材料の調合から手がけている。

貫かれる自前主義

設立は1953年だが、住田社長の祖父の利八氏は大正時代からガラス関連事業を手がけていた。ガスメーターに使うガラスの蓋の販売から光学ガラスの加工事業に進出し、戦後に光学ガラスを製造するようになる。この時、日本では光学ガラスの母材となるガラスは大半が輸入されていたが、利八氏はガラスの素材から一貫生産に乗り出した。この「自前主義」が、脈々と受け継がれ、他社との大きな差別化につながっている。

例えば、光学ガラスを引き延ばし、細い糸状にすることで作られる光ファイバーも用途ごとに最適な光学ガラスを自社で一から製造できる。原料となる光学ガラスから自社で光ファイバーを製造しているのは同社だけだ。

光学ガラスは石英や希土類などの材料を組み合わせて製造する。多ければ材料は10種類以上になる。そして、どの材料を組み合わせるかによって光の屈折や膨張、融点など特徴が大きく変わってくる。

鉛を混ぜれば屈折率が高くなり、ホウ酸を混ぜると重量が軽くなるなど組み合わせは無限だ。同社は最適解を見つけ出すノウハウを自社内に持っているから、顧客の要望に素早く応えることができる。「他社が断ると思われる要望も当社は決して断らない」(住田利明社長)。

医療用途など収益源広がる

苦境に遭ったリーマンショックから10年あまり。2020年8月期はリーマンショック後としては過去最高の売上高になった。リーマン前はデジタルカメラ市場の急成長によりデジタル機器への依存が大きかったが、「自由な発想」の種まきがうまくいき、現在は、複数の柱が育っている。光ファイバーだけ見ても、産業用、画像処理用・照明など多様化しており、最近は内視鏡などの医療用途が国内外から引く手あまただ。

コロナ禍では深紫外パルス光を使った除菌装置も開発

「会社をひたすら大きくしたいとは思っていない。光学ガラスを使って、おもしろいことをしたい」(住田社長)。コアとなる技術力に自由な発想を乗っける。ぶれない姿勢が新たな価値をこれからも生み出し続けていく。

【企業情報】

▽所在地=埼玉県さいたま市浦和区針ヶ谷4の7の25▽社長=住田利明氏▽創業=1953年(昭和28年)10月▽売上高=62億円(2020年8月期)

キーワード
カラス 住田光学 自由

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