人工光合成、炭素循環、循環経済...化学で夢を描く3人の研究者たち

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住友化学フェロー 岩永清司氏・右の模型は触媒の化学構造モデル

気候変動や環境破壊の解決へ、世界中の科学者が挑んでいる。過剰なプラスチックの利用や、二酸化炭素(CO2)の排出を減らし、製造や消費の仕組みを転換しなければならない。化学反応を操り、新しいものを作る「化学」の役割は大きい。研究者らはCO2資源化や循環型社会に夢を描く。(梶原洵子)

三菱ケミカルエグゼクティブフェロー 瀬戸山亨氏 太陽光で水素エネ生産

植物のように太陽光エネルギーをモノづくりに活用する「人工光合成」は、化学の研究者の夢だ。三菱ケミカルエグゼクティブフェローの瀬戸山亨氏は、水分子を太陽光と光触媒で水素と酸素に分解する人工光合成の研究で世界をリードしている。水素はエネルギー源や、CO2と反応して化学品を作る原料として期待されている。

瀬戸山氏は「本命の光触媒システムも良い所まで来た」と、研究の進捗(しんちょく)を笑顔で語る。本命とは、粉体触媒を1枚のシートに塗工したシンプルな構造の光触媒システム。触媒が光を水素へ変換する効率(STH)は現在1%程度で、工業化の検討水準である3%に比べ低いが「結晶の欠陥が減るといった小さな変化で、ポンと上がりうる水準」という。

他の開発中のシステムにはSTH10%が見えている「タンデム型」もあるが、触媒シートを1ミリメートルのすき間を空けて2段に重ねる構造で、社会実装可能なコストで大面積を製造するのは難しい。触媒シート1枚のシステムは製造しやすく、太陽光発電所のように設置した姿も想像できる。

水素と酸素の混合気体の爆発を防ぐ流路設計も開発され、海外では水素と酸素を別方向に発生させる粉体触媒の立体構造が報告された。人工光合成の課題を解決する研究成果は着々と出てきている。

「STH10%の光触媒システムがあれば、サハラ砂漠の3%の面積で世界のエネルギーをまかなえる」と瀬戸山氏は話す。広大ではあるが、有効利用されていない土地を集めれば十分にある。最終的な夢は、ソーラー水素を基幹材料とし、エネルギーキャリアや、排ガス中のCO2と反応させて燃料や化学品に利用し、産業活動からのCO2排出を大幅に削減する構想を描く。

実現にはもっと多くの研究者の革新的なアイデアが必要だ。瀬戸山氏は発想力を磨くために、手を動かし、実験結果を多面的かつ論理的に考えることの重要さを説く。「いっぱい知り、失敗も経験すれば、有望な情報が光って見える」と語り、若手の挑戦を促す。

三菱ケミカルエグゼクティブフェロー 瀬戸山亨氏

住友化学フェロー 岩永清司氏 究極のリサイクル狙う

住友化学フェローの岩永清司氏が挑むのは、廃プラなどのケミカルリサイクルによる「炭素循環」の実現だ。廃プラを溶かして再成形するマテリアルリサイクルに対し、化学反応によって原料分子に分解し、化石資源由来と同じ品質のプラを再重合するケミカルリサイクルは“究極のリサイクル”と言われる。

現在、海外企業が廃プラ油化などに着手しているが、「当社は他よりも経済合理性で一段上をやる」と語る。多様な廃プラの形状に対応するため、三つの研究を進めている。廃プラを直接エチレンなどのオレフィンに変換する室蘭工業大学との共同研究、ゴミの混ざった廃プラからエタノールを経てポリエチレンを生産する積水化学工業との連携、ゴミ焼却などで排出されるCO2からメタノールを生産する島根大学との共同研究だ。

各技術は化石資源由来なら安価な汎用プラを作るため、社会実装のハードルは高い。それでも「汎用的なモノを適正な価格で提供する。不安をなくし、普通の暮らしを支えることが使命」と話す。

岩永氏は石油化学分野の研究が専門で、ウレタン原料の合成プロセスで副生される塩酸を塩素に戻して循環利用する「塩酸酸化技術」などを開発してきた。同技術ができるまで、ウレタンを生産するほど塩素が塩酸に変換される“一方通行”状態だった。「化石資源からプラへの一方通行も止めなければいけない」と強調する。

子どもの頃、石油ショックをきっかけに化学に興味を持った岩永氏。恐怖ではなく、あらゆるものが石油から作られると知り、「すごいな」と思ったという。

そして今は「『プラスチックは昔、石油からできてたんやで』と言われる未来にしたい」と笑顔をみせる。

気候変動や海洋プラ汚染、環境破壊は私たちを不安にする。だからこそ若い人は仕事に情熱を注ぎ、「漠然と迎える未来でなく、主体的な未来にしてほしい。私も若い人から学びたい」と期待する。

旭化成シニア・イントラプレナー 山下昌哉氏 発想の転換、使用資源減少

電子コンパスの生みの親で、旭化成シニア・イントラプレナーの山下昌哉氏は「人が増えれば、エネルギーやモノの消費が増える。これを解決するサーキュラーエコノミー(CE、循環経済)を実現したい」と夢を語る。

今、山下氏は電子コンパスでの経験を生かし、「発想するプロセスの開発」に取り組む。開発者と並走し、新しい価値評価軸の提案や異分野との連携を促すことで、開発者の発想を変えてイノベーションを助けるというものだ。CEは素材の循環利用だけでなく、車の所有から共有への転換で使用資源を劇的に減らすことも含まれ、幅が広い。まさに発想の転換が求められる。

例えば、今は素材により良いスペック(仕様)が求められるが、CEを前提にすると、何度リサイクルしてもそこそこのスペックで安定している方が評価される。「性能を上げるだけの時代は終わった。“いいかげん(いい加減)”なものが良い」。

電子コンパスも“いいかげん”だから、爆発的に普及した。通常、方角を示す弱い磁場を検出するセンサーは高感度を目指すが、電子コンパスのセンサー性能はそこそこで、ソフトウエアで周りの磁場の影響を調整して測る。スマートフォンは他の部品の影響があり、高感度であってもうまく測れないためだ。それに駅を出て右か左かを知るだけなら高い精度はいらない。

山下氏は、磁気共鳴断層撮影装置(MRI)開発の経験から街の磁場の乱れを知っていたのに加え、「へそ曲がりだから皆と違う角度で考える」と笑う。

また自分の意見に皆が納得すると「まずいな」と思い、何が足りないかを考え始める。「イノベーションは1回で完成しない。最初から三段跳びで考えるべきだ」と指摘する。電子コンパスも生産が始まってから2度、作り方などを変えた。そのおかげで需要急増に対応できたという。「新しい価値を創ることは、最初は価値がない理解されないものを追求し続けること。勇気を持って挑戦してほしい」と、次を担う人へエールを送る。未来は創ろうとする人たちの夢で創られる。

旭化成シニア・イントラプレナー 山下昌哉氏

日刊工業新聞2021年1月6日

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