実験を自動化するラボオートメーションが立ち上がる!研究者のDIYは広がるか

  • 2
  • 10
理研の自動進化実験ロボ(理研提供)

実験を自動化するラボオートメーション(LA)が立ち上がろうとしている。人工知能(AI)があらゆる科学分野に普及し、高品質で標準化されたデータが求められるようになったことに加え、新型コロナウイルス禍で実験作業を減らさざるをえなくなったことが背景にある。

研究者は自ら自動化に取り組む“ラボDIY”に取り組むが、実験作業の完全自動化は難しい。バラバラな取り組みの先にシステム統合はありえるのか。(小寺貴之)

研究の生産性向上

「実験プロトコル(手順)は『ロングテール(少量多品種)』。上位2割で全体の8割をカバーできるが、残りの8割をカバーしなくては完全自動化は難しい」と理化学研究所の高橋恒一チームリーダーは説明する。

これまで被引用数の多い論文を量産する研究室では、仮説ありきの研究がなされることが少なくなかった。まず魅力的な仮説を立て、最少の実験回数で仮説を証明するか、棄却する。論文を生み出す効率が研究室の“経営”を左右するため、現在の評価軸に最適化された運営スタイルと言える。

ここにデータを活用した科学的探究とAI技術が導入された。体系的・網羅的にデータを集めデータから仮説や法則を見いだすスタイルだ。従来もバイオインフォマティクス(生命情報科学)など、情報科学の利用は進められてきた。だが、その多くは公開された論文やデータベース、特定のハイスループット装置(高速多量処理装置)に支えられてきた。

しかし論文に書かれたプロトコルに従っても実験が再現しないことが多々ある。研究室のノウハウや作業者の暗黙知となっている部分が学術界で共有されていないためだ。データからAI技術で仮説を抽出できるようになりつつある現在、改めて次の自動化が求められている。

足元ではコロナ禍を機に研究者自らが自動化に取り組む“ラボDIY”が盛んだ。理研の堀之内貴明研究員は「DIYが活況。新しモノ好きな学生や若手が作っては便利だと紹介している」と説明する。超小型シングルボードコンピューター「ラズベリーパイ」とカメラで実験装置を家から監視する事例などが会員制交流サイト(SNS)上で拡散され、プログラムがインターネット上で共有されている。

培養装置の温度や二酸化炭素(CO2)濃度などの表示をカメラで撮影してネット経由で正常稼働を確認、分析装置の計測終了後に通知してラボに行く。コロナ禍で研究室にいられないために始まったラボDIYが広がっている。堀之内研究員は「遠隔対応の次がちょっとした作業の自動化だ。培養タンクからの定時サンプリングなど、オートサンプラーは買えないけれど電子工作できる学生がDIYを進めている」と目を細める。

費用対効果に優位性 オープンソース重要に

中外製薬の子会社である中外製薬工業(東京都北区)の野口大貴氏は、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学でたんぱく質結晶自動観察装置「Beagle」を開発した。創薬研究ではたんぱく質の構造を調べるために結晶化させる。たんぱく質と試薬、溶媒の配合を変えてきれいに結晶化する条件を探る。Beagleはさまざまな条件を変えて結晶ができているか自動観察するための装置だ。市販では300万―1000万円の専用装置がある。これを13万円で製作した。

中外製薬工業・野口氏の自動観察装置「Beagle」(同社提供)

3軸で二つカメラを動かし96穴プレート6枚分の試料を2時間で撮影する。数百の液滴を肉眼で観察するのは困難だが自動化すれば負担が軽減できる。野口氏は「ベルギーで発展途上国出身の研究者と机を並べ、安く作るDIYは極めて大切だと思った」と振り返る。オープンソースで開発し製作物も無料で公開する。

同社は治験薬の開発や薬剤の生産、製剤化を行いグループの創薬と生産をつなぐ役割を担う。生産技術者を抱え工場自動化(FA)のノウハウも蓄積する。野口氏は2019年に入社し、研究業務の自動化に携わる。創薬にLAを展開できる職場として選んだ。製薬業界は外部委託が進み、創薬と生産の分断も指摘されている。

社内の自動化のニーズは高い。野口氏は「まずは実験作業の治具製作。LAの前に治具で解決できる場面が多かった」と笑う。無理に自動化するよりも、治具で効率を上げ、負担を減らす方が費用対効果に優れるケースもあるためだ。新しく導入する計測装置の自動試験システムを製作するなど、DIYの腕を振るっている。

研究室にも生産性が求められている(研究イメージ)

自作機・専用機連携カギ

DIYの延長としてのLAは、ともすると“継ぎはぎ”になりかねない。例えば、分析装置の稼働状況を自宅から監視するシステムや、在宅でデータ解析ができるシステムなども市販され計測装置のリモート化が進む。ただ研究室にある機器はさまざまだ。研究者自作の装置を含めるとすべての自動化、遠隔化は難しい。どこまで自動化すれば有用なのか、見極めが重要になる。

一つの研究テーマをまるごと自動化する例はある。理研の堀之内研究員と古沢力チームリーダーらは進化実験ロボットを開発した。1万6000以上の培養系列を自動で植え継ぎ、培養できる。

同ロボで95種の薬剤を添加し、大腸菌が薬剤耐性を獲得する様子を解析、薬剤耐性変化の予測に重要な213の遺伝子を特定した。生き残った大腸菌は薬剤を細胞外に排出するポンプが過剰に働いたり、薬剤を細胞内に取り込む透過孔を閉じたりして、薬剤耐性を獲得していた。解析すると、これらは15種類の状態に分類できた。この結果は、薬剤耐性を獲得されにくい抗生物質の開発につながる。

東工大・一杉教授らの物質探索ロボ(同大提供)

研究者が青写真描く 予算なくても知恵絞る

こうした自動化は資金力のある研究室だからできるという指摘もある。東京工業大学の一杉太郎教授は「研究者がまず青写真を描くことが重要だ」と指摘する。一杉教授と同大の清水亮太准教授らは物質探索ロボを開発した。スパッタ(成膜)装置で新材料を合成し、真空中で光学特性と電気特性、熱特性、半導体特性を順に計測する。合成ユニットと計測ユニットをつなぐことで実験効率は従来比で10倍になり、AIの活用で新しい有用物質が見つかっている。

一杉教授は「まず全体構想を描き、予算が確保できたらユニットを一つひとつ増やしていった」と振り返る。豊富な予算がなくても、全体を統合した絵を描き、システムを拡充していく。中外製薬工業の野口氏も「専用装置をつなぐ部分こそDIYが必要」と強調する。DIYをLAに昇華する知恵が求められている。

日刊工業新聞2020年12月25日

関連する記事はこちら

特集