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ソフトウエアが自動車産業を変える!トヨタは自己変革でテスラと勝負

ソフトウエアが自動車産業を変える!トヨタは自己変革でテスラと勝負

テスラのイーロン・マスクCEO(左)とトヨタの豊田章男社長

ソフトウエアが自動車産業を根本から変える時代が本格的に到来する。車の開発はソフトとハードウエアの一体開発から、ソフトとハードの分離へと進む。ソフトの更新で車の機能や性能を拡張することが主流になりつつある。これによりIT企業などの新興勢が台頭。急先鋒(せんぽう)が米テスラだ。トヨタ自動車は「ソフトウエア・ファースト」を打ち出し、自社変革を加速。既存メーカーの生き残りをかけた動きが激化している。

OS開発激化 “車両のスマホ化”進む

これまでの車はパワートレーンや車体、車載機器といったハードを前提に、部品ごとに電子制御ユニット(ECU)を搭載。ソフトとハードの一体開発と、複雑な統合制御を差別化要素としてきた。しかしCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)や、MaaS(乗り物のサービス化)により電気自動車(EV)の普及や、消費者ニーズの多様化が進展。主にソフトによるサービスの開発サイクルを短期化するためにも、ソフトとハードの分離は不可欠だ。

車両の全体制御を行う車向けOS(基本ソフト)が中央管理し、スマートフォンのようにソフトで機能を更新する「OTA(オーバー・ジ・エア)」が今後の主流。車におけるソフトの価値が高まり、買い替えサイクルが長期化するハードの価値は低下する。ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹アナリストは「車の付加価値の付け方に大きな変化が訪れる」と指摘する。

このモデルをいち早く実現したのが、テスラだ。自社開発の中央演算装置(CPU)で車両を統合制御し、主力車種の「モデル3」では自動運転機能や車内エンターテインメントなどをOTAで更新できる。一方、車両は製造コストや部品点数を大幅に削減。2020年9月には、車載電池のコストを従来比で半減以下にする目標を発表している。

既存の車メーカーでも、独フォルクスワーゲンなどが車両OSを開発している。中西アナリストは「25年頃までに各社の車両OSが出そろう」という。

トヨタ自動車は「eパレット」の商用化に向け、複数台を制御する運行管理システムを開発した

トヨタも変革 既存資産、競争力に転換

潮流が大きく変わる中、トヨタは「ソフトウエア・ファースト」を掲げて車づくりの仕方から変革に動きだした。まずソフト設計から始め、そのソフトを動作させ、拡張するのに十分なハードを選ぶ方式だ。ソフト基盤の「Arene(アリーン)」をベースに、より効率的に生産性を高める開発プロセスや開発環境、ツールの導入を実施している。新興IT企業との差別化策は、既存の資産だ。豊田章男社長は「車の一部改良がソフトのアップデートという概念に変われば、トヨタのハードの強みが出てくる」と断言する。強みとは、耐久性、交換部品の入手しやすさ、修理のしやすさ。積み上げてきたモノづくり力だ。既存の知見と最先端のソフトを組み合わせ、独自の競争力を高める。

トヨタは20年末、商用化を想定した自動運転型EVの「eパレット」で、複数の車両を統合制御し、必要な時に必要な台数を自動運行する新システムを披露した。山本圭司執行役員は「ソフトにハードの強みを合わせて顧客ニーズに迅速に応える」と強調。2月に着工する実証都市「ウーブン・シティ」で運行予定のeパレットがソフトウエア・ファーストの試金石だ。

今後の競争の軸は、いかに車両OSで覇権を取れるかに移る。加えて豊田社長が「モビリティは社会の構成手段の一つ」とする通り、その範囲は都市にまで広がる。事実、米グーグルや中国の百度、テスラはスマートシティーやエネルギー分野も含めてプラットフォームの構築に乗り出している。トヨタもウーブン・シティやグループ企業にアリーンを展開すると見られる。次世代のプラットフォーム(基盤)争いが火ぶたを切る。

INTERVIEW ナカニシ自動車産業リサーチ アナリスト 中西孝樹氏

生き残るには1500万台規模

―自動車メーカー、IT企業が開発する車両OSの状況は。

「三つほどに分類できる。グーグル系のウェイモやテスラといった米IT系と、欧州の車載標準ソフト『オートザー』系。ここにはドイツや日本の既存メーカーが入る。もう一つは中国IT系だ」

―クルマの付加価値がソフトに移行すると、既存の車メーカーには不利です。

「エンジンもハイブリッド車(HV)もEVも持つ既存メーカーは、全てを包括するシステムが必要になる。新興勢はロボタクシーのような用途やEVのみに絞り込んでおり、過去の遺産(レガシー)を持たず一つだけを開発すればいいテスラはかなり先行している。しかしレガシーにもそれなりの戦い方がある。ハードで蓄積された素晴らしい力は弱みだが、ソフトとうまく連携すれば強みにもなる。ソフトがどんなに良くても、ハードが弱ければ全てのユーザーを満たせない」

―テスラの先行性は保たれますか。

「強みは半導体と自動運転ソフトを自前で作れる点だ。データが積み上がっており、より良いアルゴリズムと人工知能(AI)、半導体設計を作る相乗効果がうまく回っている。ただモノづくりのハードルが残る。消費者のニーズや規制のあり方は各地で異なる。年間生産台数50万台の達成後、本当に他の地域で今のやり方が通用するかがカギだろう」

―プラットフォーマー争いが起きそうです。

「自動車でも当然起こる。今後は1500万台の規模がなければ生き残れないだろう。最終的には四、五つ程度の連合に集約するのではないか」

―部品メーカーにも大きな影響が出ます。

「部品点数は減り、製品サイクルも長期化する。1次取引先でも再編は起こるだろうが、より厳しいのは2次、3次取引先だ。業容転換や(事業の)整理統合など、モノづくりの強さを根絶やすことのない構造転換をするステージに来ている」(名古屋・政年佐貴恵)

*取材はオンラインで実施。写真は同社提供

DATA/コネクテッド35年3倍

ソフト中心の自動車産業の前提となるのが、インターネットに常時接続する「コネクテッドカー(つながる車)」だ。富士経済は、2035年の新車販売台数が19年比3倍の9420万台になると予測する。乗用車、商用車共に19年に30%台だったコネクテッドカーの割合は、35年にそれぞれ80.1%、75%に伸びる試算だ。

けん引役は中国で、22年までは2割以上、その後も25年まで1割を超える成長率が継続。35年に19年比4.8倍の2690万台まで広がる見通しだ。足元では欧州で22年まで2割を超える市場成長が続き、北米でも堅調に推移。その他地域では東南アジアやブラジルなどの伸びが期待される。

一方、日本はすでにコネクテッドカー比率が75%を超えていることや市場縮小から、35年の市場は19年比11.8%増の380万台に留まる見通し。

KEYWORD:OTA

オーバー・ジ・エアの略で、無線通信によりソフトを自動更新する技術。車両制御ソフトから車内エンターテインメント用アプリケーション(応用ソフト)まで、さまざまなソフトの更新が可能になる。車の機能追加や不具合の対応、性能向上のための部品交換や新型車購入などが大幅に削減される。

20年に国際連合の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)で、サイバーセキュリティーとソフト更新について国際標準が成立した。

日刊工業新聞2021年1月4日

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