男性の育休促進へ、「イクボス」が職場で存在感示す
政府の全世代型社会保障検討会議(議長=菅義偉首相)で、男性の育児休業が論点に上がる。少子化対策の一環として、配偶者の出産直後の時期に、育児休業を取得しやすくする環境整備が求められる。こうした流れを受け、職場スタッフのワークライフバランスを考えるリーダー「イクボス」の概念が裾野を広げている。経営者や管理職の役割に焦点を当て、企業全体の生産性向上に資する風土づくりに関心が高まる。(大阪・中野恵美子、同・坂田弓子、同・池知恵、同・園尾雅之)
部下のキャリア応援 「イクボス同盟」参加300社
男性の子育て支援や女性活躍を推進するNPO法人ファザーリング・ジャパン(東京都千代田区)は、管理職養成事業「イクボス・プロジェクト」を主導する。イクボスは従業員のワークライフバランスを考えながらキャリアを応援し、部下や企業組織の成長を促す。現在、大企業・中小企業計300社以上が「イクボス企業同盟」「イクボス中小企業同盟」に参画している。
大日本住友製薬は2017年8月、イクボス企業同盟への参画を機に働き方改革を深化させた。異業種との意見交換を活性化し、19年度には役員や管理職を含む男性社員向けにオムライス料理教室を実施した。参加者からは、いつも料理をする家族に感謝する声があがったという。社内イベントに加え、育児休業制度などを活用しやすい機運の創出にも工夫を凝らす。
15年10月から男性社員を対象に、子どもが1歳に達するまでの間に5日の特別有給休暇を取得できる制度「育パパ休暇」を導入した。上司が対象となる部下へ事前に声をかけ、制度の概要や体験談を盛り込んだパンフレットを渡す。部下が安心して休暇の希望を伝えられる風土をつくり、制度導入以降の取得状況は100%に迫る。今後は1カ月単位など長期休暇の取得をさらに促す。
育児に加え、介護や疾病を抱えた社員向けにも、個別化したキャリア支援が求められる。山下徹人事部労政企画グループマネージャーは「ゼロベースで制度を考え直し、会社の生産性を最大化できる環境をつくりたい」と方針を述べる。
世代のギャップ解消
「管理職世代の男性は共働き率が少ないため、男性が育児することのイメージがしにくかった」。高阪亜弓三井住友銀行人事部ダイバーシティ推進室長は、若い世代とのギャップを埋める重要性を指摘する。いまや三井住友銀の20代男性行員の70―80%が共働きだ。
19年9月に、2歳未満の子どもを持つ男性行員の「最低5日間育休取得」を掲げ、管理職研修でもダイバーシティー教育を徹底。人事部からは四半期ごとに、対象者が何日取得しているかの進捗(しんちょく)が部門長に届く。17年度に33・5%だった男性育休取得比率は19年度に100%に達した。
ただ、同日数の長期化については現時点では考えていないという。短期育休はワークライフバランスを考えるきっかけづくりだ。制度上は女性と同様に長期取得でき、実際に1年以上取得する男性行員も存在する。高阪室長は「選択できることが大切」と指摘。「育児に限らず、個人の選択や事情を周囲が理解し支援する柔軟な組織にしたい」と、互いの価値観や事情を認め合う社内文化を目指す。
社内表彰で取得後押し
積水ハウスは、3歳未満の子どもを持つ男性社員の1カ月以上の育休取得率は100%を達成している。最初の1カ月は有給扱いとするほか、育休取得状況を各部署に対する評価基準の一つに定めた。ダイバーシティ推進部の森本泰弘課長は「社内表彰制度の評価項目に設定されることで、積極的に上長が推進する環境になった」と手応えを得る。
また18年から上司や育休取得予定者を対象に、意識改革を目的とした「イクメンフォーラム」を実施している。男性の育児参画の必要性や、各職場環境に応じた育休取得のあり方などについて、仲井嘉浩社長や有識者が事例を基に説明する。「意義を明確化し、家庭と企業両方に効果がある制度づくりで理解を呼びかけた」(森本課長)。
管理職向けには研修や会議を通じ、意義や制度の理解を浸透させてきた。管理職は休業日の1カ月前までに、「いつ・どの業務を・どのように引き継ぐか」を育休取得者と話し合い、計画書を作成する。時にはチームを超えた協力体制を築き、積極的に助け合う風土を醸成する。
NTT西日本子会社で企業の間接業務を受託するNTTビジネスアソシエ西日本(大阪市都島区)の19年度における男性育休取得率は、NTT西日本グループ全体の約1・5倍に当たる75%を実現している(次世代育成支援対策推進法に基づく集計方法による)。
管理職や一般社員向けに意識向上セミナーなどを定期的に実施し育休を取得しやすい職場環境づくりを進めてきた。加えて、業務受託という事業が一般的に、チームで仕事を分担しやすい性質を持つことも背景にある。
経営企画部の内藤友美主査は「育休取得の経験がある男性社員は管理職となった時に想像力が働きやすい。部下に対する気遣いや声かけなどが具体的に変わってくる」と実感する。こうした対応が成り立つのは普段からの親密なコミュニケーションがあってこそだ。
現在は新型コロナウイルス禍で在宅勤務が増え、前提が崩れつつある。内藤主査は「ルールをもう1回作り直さないと業務運営が難しくなっている」と漏らす。伝えるべきことを正しく言語化するスキルや、発言していない会議参加者へ話を振るスキルなどが、今まで以上に要求される。
家庭・趣味楽しむ管理職 ファザーリング・ジャパン代表理事の安藤哲也氏
イクボスは、育児だけでなく介護や疾病などさまざまな事情を抱えた社員の活躍を支える。キャリアと人生を応援することで「心理的安全性」が生まれ、組織の業績向上に結びつく。こうした点に加えて、自らも仕事と私生活を楽しむ上司であることが重要だ。家庭や趣味を楽しむ管理職を見て、社員は「この人のようになりたい」と思いを抱く。
上司と部下は、それぞれの役割を担ったパートナーとして、支援を受けた分は貢献するといった関係を築くことが大切だ。現在、多くの学生が男女ともに育児休業の取得を望んでいる。若手獲得・定着のためにも、制度だけでなく風土改革を進めなければならない。大企業、中小企業など規模ではなく、経営者の意識・行動次第だ。
管理職の育休については1―2週間よりも、1カ月単位の方が本来は望ましい。短期の場合、前後に多くの仕事を詰め込む傾向にあり、かえって負担だ。長期にわたれば余裕を持って休暇を取れるほか、業務を補完する若手が育ち、チームとしてのレベルアップが期待できる。
育休後の復職に不安な声が上がるが、各社員のマイルストーンを設け、キャリアパスをつくることに意識を向けるべきだ。キャリアは、もはや一律のレースではない。多様性を尊重し、収益に貢献する社員を育てる。新陳代謝を活性化することが、競争力を高めることにつながる。(談)
*取材はオンラインで実施。写真は同社が提供