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コロナ禍で広がるオンライン経済圏、フィンテックベンチャーがプライシング・決済技術で攻める

コロナ禍でオンラインの経済圏が広がり、お金の流れが変わっている。フィンテック(金融とITの融合)ベンチャーにとっては追い風だ。新しいプライシング技術や決済方法の提案が広がっている。ベンチャーはコロナ禍をチャンスに変えられるか、各社の取り組みを追った。(小寺貴之)

電子決済アプリ普及 ユーザー定着で収益化

「オンラインゲーム課金の決済金額は7月が1月に比べて1・87倍に増えた」とカンム(東京都渋谷区)の八巻渉社長は説明する。同社はプリペイドカードアプリ「バンドルカード」を展開する。事前に入金した金額を決済するため、子どもが使いすぎないように心配する親などが利用する。アプリのダウンロード数は6月に250万を超えた。

電子決済アプリはコロナ禍以前は、ポイント還元キャンペーンが繰り広げられていた。キャッシュレスの普及を掲げ、決済金額の一部をポイントとして還元する。カンムの調査では、ポイント還元がなくても普段利用するお店を選ぶユーザーが19年6月は40%だった。これが20年1月に54%7月は72%に増えた。

八巻社長は「還元率が下がった影響が大きい」と分析する。ポイント還元を求めて決済アプリを転々とするユーザーの割合が減り、定着が進んでいる。電子決済はユーザーが一度使い慣れてしまえば決済手段に興味を持たなくなる傾向がある。一度獲得したユーザーは長く使ってくれる。決済事業者は収益化にかじを切る。

ダイナミックプライシング 交通分野に活路

フィンテックの中でも、ダイナミックプライシング(DP、動的価格設定)技術はコロナ禍に振り回された。ベンチャーから技術を買いインキュベーター(ふ卵器)役となってきたホテル・エンターテインメント業界がコロナ禍の直撃を受けたためだ。値決めにかかわらずチケットが売れなくなった。

一方でECなどの大手小売りは、自社に大量のデータを蓄え人材を抱えて価格を動的に調整している。DPベンチャーを支えてきた業界がダメージを受けて、厳しい状況にあった。

そこで空(東京都千代田区)は交通分野に活路を見いだす。5月には近鉄ベンチャーパートナーズ(大阪市天王寺区)から資本を受け入れ高速バスなどの運賃最適化を進める。空の松村大貴社長は「ホテルの縁で近鉄グループとつながり、今年は交通などの幅広い業種にDPを広げる節目になる。新しいチャレンジをスタートさせる」と力を込める。

近鉄グループは運輸に加えてホテルやレジャー、飲食と多様な事業を展開する。例えば鉄道やバスではその時々で求められる社会的距離に応じて、乗客数を柔軟に調整する必要がある。

通勤ピークなどを平準化するために時間帯やルートに応じて価格を調整する技術が求められていた。

サービスを「あと値決め」 「品質不信」購入後押し

【評価見える化】

オンラインの経済圏が広がりネットを介した消費者間(CツーC)取引が増えている。個人レッスンや家事代行など、品質のわからないサービスを購入する心理的ハードルが課題だ。ネットプロテクションズ(東京都千代田区)はサービスを受けた後に支払価格をユーザーが決める「あと値決め」を展開する。

家事代行の場合は家事スタッフの印象やスキル、次回も同じ人に頼むかなどの評価軸を設定する。利用者が各評価軸のスライドバーを動かすと支払価格に反映される。値決めと同時にサービス満足度の評価が得られる。アンケートよりも回答率が高く、デジタルなおひねりを贈る「投げ銭システム」よりも価格上乗せ率が高い。

「あと値決め」のイメージ。複数の評価項目を採点して支払価格に反映させる(ネットプロテクションズ提供)

家事代行業のベアーズ(東京都中央区)であと値決めを利用し、最低価格を定価の約半額に設定したところ、仕事の品質が評価され平均支払価格は定価の90%になった。新規利用者は24%増えた。ベアーズの後藤晃執行役員は「利用者の評価が見える化され従業員のモチベーションが向上した」と振り返る。

ネットプロテクションズで同事業を統括する専光建志リーダーは「事前に品質がわからない『品質不信』で成立しなかったサービスを後押しできる」と説明する。あと値決めは最低価格から評価に応じて加算する仕組みのため、音楽家やクリエイターなどを応援することができる。専光リーダーは「個人の力を引き出せる」と強調する。

DP・あと値決め連携 提供者・利用者で調整

今後は、ダイナミックプライシングとあと値決めの連携が期待される。ウィズコロナ期間はイベントなどのチケットを購入するタイミングと、イベントに参加するタイミングで求められる社会的距離が変わる可能性がある。観覧席の座席数が増減したり、急きょリモート会場やオンライン開催に切り替えることが考えられる。同じサービスでも提供方法によって品質を保証できないため、事前と事後の両方で支払額の調整機能が望まれる。

ダイナミックプライシングとあと値決めを組み合わせると、確実に支払われる金額とパフォーマンスに心を動かされ支払う金額を、提供者と利用者の双方が調整できる。空の松村社長は「組み合わせは技術的には可能。実装例が出てくると面白い」と期待する。

コロナ禍で人と人が直接会えない不便は増えた。この不便を解消するお金の仕組みはコロナ禍が収束した後には定着していると期待される。

日刊工業新聞2020年9月25日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
コロナ禍ではサービスや配信、観戦チケットなど、品質が変わりうる状況で事前にお金を払う機会が広がっています。事前と事後に支払い額を調整するシステムは、サービス品質や社会的距離と対価の調整役になるかもしれません。一方で善意に依存するシステムはリスクがあります。価格調整にユーザーの善意を組み込むのは難しさがあります。だからこそ、ちゃんと機能するサービスはファンやユーザーとサービサーがいい関係が作れている貴重な例になると思います。

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