ダイナミックプライシング、「新しい日常」で定着なるか?求められる繊細さ

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スタジアム観戦で熱狂するファン

需要と供給に応じて、人工知能(AI)などで価格を変動させる「ダイナミックプライシング」の行方が注目されている。スポーツの観戦チケットやホテルの客室料金などに採用され、宿泊・レジャー分野がインキュベーター(孵卵器)の役割を担ってきた。だが、新型コロナウイルスの感染拡大が同分野を直撃し、ダイナミックプライシングの発展にも影響を与えている。プロスポーツの再開など「新しい日常」に戻りつつある中、新技術はコロナ禍を乗り越え、本格的な定着につなげられるか。(小寺貴之)

繊細な価格調整必要 消費者のニーズ多様化

「コロナ禍が落ち着き、イベントが再開してくれば、より繊細な価格コントロールが求められる」と、ダイナミックプラス(東京都千代田区)の平田英人社長は説明する。

同社は三井物産やZホールディングス(HD)などが出資。スポーツやエンターテインメント分野向けに、ダイナミックプライシングを活用した推奨価格算出モデルの作成などを手がける。

これまでモノやサービスは「一物一価」の購買文化が根強かった。それでは消費者のニーズが高いモノやサービスの価値が、適正な価格として反映されていない面もある。

プロスポーツの場合、コロナ禍による長期の自粛でひいきのチームの選手や財政面を心配するファンは少なくない。観戦が再開されれば“ご祝儀”を兼ねてプレミアム価格を払いたいファンや、末席であっても立ち会いたいファンもいる。平田社長は「これまで通りではなく、座席や価格、購入のタイミングなど選択肢を広げて、さまざまなファンに応えられる体制が必要」と指摘する。

ダイナミックプライシングは座席数や部屋数など、供給量が固定されて期日までに完売できないと商品価値がなくなる分野で導入されてきた。

数万席のスタジアムでも1席ずつ価格を最適化できる(スタジアムの座席購入イメージ=ダイナミックプラス提供)

需要に合わせた供給調整が難しいため、価格を変動させて売れ行きを調整する。データ分析やAIを駆使し、スタジアムなら一席単位、ホテルなら部屋単位で値段を調整できる。人手では不可能だった規模と精緻さでの価格管理が実現した。

ただ売れ行きに応じて値段を上下させると高く買った席の近くが安くなったり、安かった席が高くなったりするケースもある。ファンにとっては駆け引きを仕掛けられているように感じてしまう。マーケティングでは長期的な信頼関係を築きたい相手と駆け引きすること自体が“悪手”とされる。

ロイヤルカスタマーは誰? 顧客との駆け引き“悪手”

平田社長は「ロイヤルカスタマー(上顧客)は誰か、企業としてのポリシーを織り込むことが重要だ」と説明する。例えばクラブチームにとって大切なのは年間パスポートを購入して、チームの経営を支えるような熱心なファンが挙げられる。

チケットの価格を変動させて年間パスポートよりも安価にすれば、そうしたファンを裏切ることになる。売り上げを最大化するよう価格を変動させるだけでなく、事業者としての経営方針を織り込む必要がある。

ダイナミックプライシングはブッキングカーブ(予約率の推移曲線)の予測をベースとするサービスが多い。過去のブッキングカーブから理論式を構築したり、膨大なデータから代表的なカーブを類型化し今後の予約の推移を推測したりする。

フォルシア(東京都新宿区)は京都大学との研究で、ホテルのブッキングカーブがある指数関数にモデル化できることを突き止めた。価格の上げ下げでカーブがどう変化するか、モニタリングしながら運用できる。

ホテルなどで過去のデータから将来の需要を予測し、販売戦略を立てる「レベニューマネージャー」は、ブッキングカーブを参考にしながら部屋の価格や稼働数を調整している。フォルシアでダイナミックプライシング事業を統括する加藤みちる氏は「ユーザーが求めるのがこの形だった」と振り返る。

ユーザー増やすには 変動による儲け示す

ダイナミックプライシングを提供する企業が増え、「AIで価格調整」「経験や勘からの脱却」などとうたわれるようになった。中小規模のホテルなど技術に明るくないユーザーにとっては各社の違いがわかりにくい。価格変動でいくら売り上げが伸びたか、効果の評価に後ろ向きな事業者も少なくない。どのツールが有効か評価できず、効果検証が曖昧なままでは良品と不良品が区別つかない「レモン市場」に陥りかねない。ダイナミックプラスの平田社長は「正確な再現が難しいとしても、実績を示していく必要がある」という。

同社は野球観戦の平日の試合を選んで効果を評価した。連休明けの火曜と水曜の試合の片方を価格変動させた。従来の料金体系の日に比べチケットの販売数を12・3%、売上高を17・9%増やすことができた。価格変動が生み出す価値を明示することが不可欠だ。

ダイナミックプラスは球団向けに成果報酬型のモデルを展開、宿泊業界では一般的に月利用のサブスクリプション(定額制)が多い。

MagicPriceの管理画面(空提供)

高度化が進むダイナミックプライシングだが、経営方針とのすり合わせが大切だ。価格戦略サービス「MagicPrice」を展開する、空(東京都千代田区)の村田剛士マーケティングマネージャーは「他の要素なしで、価格だけで(モノやサービスが)売れていくわけではない」と説明する。全く同じイベントや休日は二度となく、消費者にとって価格だけが購入を決める要素ではない。ホテルにとっても、価格は立地やもてなし、販促戦略などを含めたマーケティングの一要素だ。

空は、シティーホテルやビジネスホテルなどの宿泊特化型ホテルに多くの顧客を抱える。レジャー・リゾートホテルよりも価格が重視される業態だが、サービスの提供では価格だけの変動ではなく、顧客の経営戦略との整合性を重視する。

ツールを過信して、顧客に「値決め」の知見が失われれば経営面でリスクにもなる。人手では扱えなかった量の情報を活用し、同時に値決めの属人化を防ぎ、将来のレベニューマネージャーを育てるツールにもなる。

くしくもコロナ禍で新しい技術と向き合える時間はできた。空の松村大貴社長は「平時には忙しくて時間の取れなかった、重要だが緊急ではない仕事に取り組むチャンス」という。価格戦略は企業の経営を左右する。過去のデータを分析する専門スタッフやチームの構築に、経営資源を充てる重要性は増している。コロナ禍が収束に向かい、新しい日常に移行する中、ダイナミックプライシングの真価が問われそうだ。

COMMENT

小寺貴之
編集局中小企業部
記者

効果評価はできないけど、AIやビッグデータで経験や勘よりは優れた値段を付けられると聞いて取材が始まりました。価格変動の効果評価をまじめに示している事業者は少ないようです。自身のサービスの費用対効果を計算できないのに、なぜ顧客の商品の値決めを任せてもらえるのか疑問でした。知恵を絞ってきた価格マネージャーさんを貶めるなら、せめて成果報酬型やレベニューシェアモデルで自らもリスクを負わないとフェアでないように思います。放っておくとダイナミックプライシング自体がレモン市場になってしまうかもしれません。

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