「口だけのJOB型採用」「氷河期の再現は本当にない?」コロナ禍で振り回される就活生
新型コロナウイルスの感染拡大が2021年卒の学生の就職活動を翻弄している。4-5月の緊急事態宣言は就活のピーク時期に重なり、企業説明会の中止やオンライン化、選考の遅れにつながった。さらに、特定の職務に適した人材を採用して職務に応じた処遇を行う「JOB(ジョブ)型採用」への移行を宣言する企業が相次いだほか、早期インターン活動も拡大しており、今年の学生は今まで経験したことのない就職活動を求められている。
企業側も同様、未経験の事象に翻弄されているといってよいだろう。コロナが発生する前は空前の売り手市場で青田買い合戦を繰り広げ、コロナ禍では急遽オンライン中心の選考体制の構築に取り組んだ。
「まるで異なる採用を、1年で2回も組み立てた感じ」(大手食品メーカー人事)
こうした声は、多くの企業に共通するはずだ。加えて、今後が不透明な事業環境において、22年卒の採用活動も早々に始めなければならない。今年の企業の人事部門は、まさに3年分の仕事に取り組んでいるようなものだ。
学生も企業も苦悩の真っただ中にある今、21年卒採用を総括するのは時期尚早だろう。しかし、技術系という比較的恵まれた就職・採用環境の下で活動する大学や企業、学生に接する筆者の立場からも今年の就活は危うさが目に付く。
21年卒就活は、学生にとって「学びや経験、スキルをもとにキャリアをスタートできる場」になっているのか、企業にとって「各職場や企業全体の成長をけん引する学生と出会える場」となっているのか。「JOB型採用」「オンライン化」「内定率」という3つのキーワードから、特に理工系学生による就活の現場で起きていることを確認したい。
JOB型採用は進んだのか ~空手の演舞を求められた工学修士生~
日立製作所や資生堂、富士通、KDDIなど名だたる日本企業が、「JOB型」への移行を進めている。就活においても、総合的学力やコミュニケーション力ではなく、仕事に直結する専門性やスキルを重視した選考が進む。数多くのメディアが喧伝し、学生も期待したキーワードだ。
しかし、JOB型採用の本命といえる業界の人事からは心細い声が聞こえてくる。
「実際に具体的なJOBを定めて採用されるのは、ごく一部の上位校出身者のみ」(大手電機メーカー人事)
「大多数の学生にとっては、採用基準は総合職基準。コロナで先行きが見えない中、どんな仕事を担当するかなど約束できない」(大手システム人事)
一方、学生からも「がっかりした」との声は多い。
「自分はけっして(上位校に通う)Sランク学生ではないが、この技術では日本でも3本の指に入る研究室でしっかり履修してきた。その学びをまさに生かせるメーカーに応募したが、一次・二次とも面接官は文系の人事担当者。技術的な話はほぼ通じず、高校時代の空手部の話ばかりを深堀されてがっかりした」(地方公立大学機械工学部修士2年)
研究テーマの応用性について対話をするつもりだった彼が、オンライン面接で披露させてもらえたのは、人事担当者からリクエストされた、高校時代に学んだ空手の演舞だったというのは笑えない話だ。
JOB型採用といいながら、職場の選考方法が変わっていないとの声もある。
「JOB型の人事制度をアピールしているメーカーだったので、研究テーマや使える設計機器、言語などを説明したが、アルバイトの話や人間関係、高校時代からの成功体験、失敗体験といった質問が中心だった。JOB型採用といって専門性を見ていたのは超上位校向けの早期インターン選考時だけだったのではと疑ってしまう」(私立大学工学部4年生)
ごく一部の取り組みを、さも全体のように伝えるのは企業人事の悪い癖の一つだろう。
オンライン化された就活と就学が生んだもの ~不器用と器用な学生の分断~
2021年採用はオンライン選考が本格化した年として記憶されるのは間違いない。
「例年5月になると学生が就活のために上京してしまい研究が進まないが、今年はオンライン選考が多かったため、地方の学生や大学にとってはメリットが多かった」(地方国立大学准教授)
「試行錯誤だったが、オンライン中心の面接やSNSを通じた小刻みな対話で選考したり接触したりする、従来よりも効率的かつ効果的な手法が見えてきた」(大手輸送機器人事)
こうした声が上がるように、多くの関係者がオンライン化を歓迎する。コロナが収束した後も、オンライン就活は常態化していくはずだ。一方で、オンライン化の無視できない弊害を指摘する声もある。
「就活も終盤になると学生が面接に慣れてくるものだが、オンライン面接主体の今年は、面接が苦手な学生が苦手なままでいる感じがする。リアルと違って、自分の面接の課題が分かりにくいのではないか」(大手建設機械人事)
「講義のオンライン化で登校がないため、教授が学生の就活状況を把握するレベルが極端に下がっている。キャリアセンターには接触がなく、相談もされていない。9月になって、今年の就活に取り残されていた学生がたくさん出てくることを懸念している」(私立大学キャリアセンター)
オンライン化は、対面以上に不器用な学生を置き去りにするリスクを持つ。学びや経験、スキルではなく、かつての「コミュ力至上主義」の風習が戻ってはいないかが心配される。1993-2005年頃の就職氷河期では、仕事を担う十分なスキルがあるのに不器用で面接を上手にこなせなかったがために、仕事に出会えない学生がたくさんうまれたからだ。
就職氷河期は起こらなかったのか ~内定率だけでは測れない実態~
その年の就職の厳しさを表す内定率は、7月に回復基調となった。このため、「航空業界など特定の業界の志望者を除けば、21年採用では氷河期は起こらなかった」と評する声が多い。少子高齢化の日本は、慢性的な若者不足のため、もはや氷河期などは発生しないという見方もある。
しかし筆者は、全体としての「率の高さ」だけで、就職環境の善し悪しを評価してよいか疑念を持っている。下のグラフは、文系に比べれば「売り手市場」とされる機械・電気系の大卒就職志望者の就業先別構成率についてリーマン・ショック直後で不況期の10年卒と19年卒を比較したものだ。
企業に人気の理工系学卒のため、就職率にはそれほど大きな乖離はない。10年は95.2%、19年は98.5%だ(文部科学省・厚生労働省『大学・短期大学・高等専門学校及び専修学校卒業者の就職状況調査』より)。ただ、不況期の10年と売り手市場の19年では、就職先の産業に違いがあることがわかる。
不況期に就職率が高まった就職先には「卸売業・小売業」と「教育・学習支援業」がある。つまりスーパーマーケットや学習塾産業だ。ここに含まれる多くは「アルバイト先への就職」と推察される。就活に疲れた学生が、企業の面接に嫌気がさし、アルバイト先にそのまま就職したというわけだ。私自身は小売業出身であり、業界を差別するつもりはない。ただ、言葉を選ばずに言えば、理工系学生の多くが自ら進んで選ぶ職場かと考えると疑問だ。
21年卒について、今現在において公的データは何もないが、今後「学びやスキル、経験」を生かそうとする学生が本来望む業界でキャリアがスタートできる年であったのかしっかり注視していくべきだろう。「理工系学生の就活環境はコロナ禍においても前年と変わらなかった」といった見解を数100-1000人程度のアンケートを基に算出した内定率だけで結論付けるのは、22年卒生に大いなる誤解を生みかねない。
技術者が枯渇している日本の企業が取り組むべき課題
エンジニアの採用や教育、派遣に携わる当社(フォーラムエンジニアリング社)では、新卒社員の採用面接時には学生時代に履修したことや研究テーマの確認に大半の時間を割いている。学生からは「技術で成長を目指すメーカーにこそ、アルバイト経験などではなく、このような面接をしてほしい」と言われる。
そうした採用活動を通して理工系学生は、優秀だが話下手が少なくないと感じる。だから、自身の学びやスキルをどれだけの人が、器用な就活強者の文系学生のように、人事担当者に説明できるかは疑問だ。
一方、日本の基幹産業である機械や電気、輸送機器に関わる技術者の現状に目を向ければ、その人口はたった64万人にとどまる(17年国勢調査)。全国の理工学部の大学1年生だけでも10万人いるにもかかわらずだ。数多くの理工系学生たちは、学びを軽視し、コミュニケーション力や器用さアルバイトでの成功体験を求める日本の就活慣行の中で、他の道を選んでしまったのだろう。結果、この国の基幹産業の技術的な未来を担っているのは、人口比でたった0.5%になってしまった。
今年は、日本の採用の大きな転換点となるといわれている。この転換は果たして、「学びやスキル、経験を生かして働ける社会」「技術立国日本の復活」に向かっているのだろうか。
【組織人事戦略のプロ・秋山輝之の目】
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【略歴】秋山輝之(あきやま・てるゆき) 株式会社フォーラムエンジニアリング常務取締役
1973年生まれ。東大卒後、ダイエーに入社。人事戦略の構築を担当後、2004年よりベクトル副社長コンサルティング事業統括として150社超の組織人事戦略構築を支援。20年4月よりフォーラムエンジニアリングに参画し、エンジニアの保有スキル可視化ロジックをベースにした教育・配置・採用プラットフォームCognavi事業を担当。著書に「実践人事制度改革」「退職金の教科書」など。