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信用なくした「リクナビ」が放つ覚悟の一手。学生起点に振り切る

連載・withコロナ時代-就活に変 #04
信用なくした「リクナビ」が放つ覚悟の一手。学生起点に振り切る

「内定辞退率」販売問題で信用をなくしたリクナビが学生起点に振り切る

「あぁ、『リクナビ』は本当に社会的な信用を失ったんだな」-。2019年秋、都内の私立大学に通う女子学生は目の前の光景にそんな思いを抱いた。大学主催の就活イベントに「マイナビ」の関係者しか登壇しなかったからだ。例年通りならもう一社の業界大手であるリクナビの関係者もいるはずだった。

学生の了承を十分に取らずに内定辞退率を予測したデータを企業に販売していた「内定辞退率販売問題」によって、リクナビは大学の信用を失った。それから体制の見直しを図り、信頼回復に努めるが、今なお不信感を拭い去ったとは言えない。採用手法の多様化を背景にした企業や学生の「ナビ離れ」もこの苦境に追い打ちをかける。

その中で、リクナビは「学生起点」のサービス設計に振り切る。近くその象徴となる一手を打つ。内定辞退率販売問題の発覚からまもなく1年。その一手の先に光明はあるか-。(取材・葭本隆太)

学生が企業を評価する

業界の理解は4.21点、人事とのやりとりは3.44点―。企業のインターンシップに参加した学生たちの評価がスマートフォン画面上に表示される。リクルートキャリアが22年卒業の学生らを対象に運営する就活ナビサイト「リクナビ2022」で9月に公開を予定する機能だ。企業のアピール情報ではない、第三者の評価を示すことでインターンシップ先を選ぶ学生の判断を支援する。

学生が企業のインターンを採点する(スマホ画面イメージ)

「商品内容」を「顧客」が評価し、点数を開示する仕組みは決して真新しくないが、リクルートキャリアにとっては重要な意味がある。内定辞退率販売問題を経て覚悟を決めた証だ。新卒メディア統括部の大家純一統括部長が力を込める。

「(直接の収益化を意識した)今までの企業起点の発想ではなかなかできなかった領域。お金を出して情報を掲載する企業は、『もし低い評価がついてしまったら』と抵抗感を持つかもしれない。ただ、そうした情報が企業にフィードバックされ、結果的にインターンの質が上がれば(企業にとっても)いい。昨年の事案を踏まえ否定すべき過去がある。とにかく『学生起点』(のサービス設計)に振り切る」。

内定辞退率問題の爪痕

内定辞退率販売問題は業界に衝撃を与えた。問題が発覚した直後の2019年8月には競合サイトの運営企業にも「お宅のサイト(のデータの取り扱い)は大丈夫なのかと問い合わせが相次いだ」(競合サイトの関係者)ほどだ。

当然、この問題はリクナビの21年卒採用を対象にした事業を直撃した。「就職準備を支援する講演を大学で提供していたが、半数ほどの大学が我々との関係を遠慮すると判断された。学生にアプローチできなくなった」(大家統括部長)。

その中で、リクルートキャリアは組織を見直した。新卒領域の商品開発におけるプロセスを一つの部署が一貫して管掌・管理する体制に変更し、事業責任を明確化した。学生や大学と接点のある業務経験者や内部統制責任者で構成する委員会が、強い拒否権を持って商品企画を監視する機能も設置した。

これらの取り組みを大学に説明してきたことで「(足下では)9割近くの大学は今までと変わらないお付き合いができる状態に戻ってきた」(大家統括部長)。3月時点で前年比3割ほど減った掲載企業数も「少しずつ増えてきた」(同)という。こうした中で、学生が企業を評価する「学生起点」のサービスを設計し、再スタートの舞台に立ったというわけだ。

採用したい人物像に会えない

一方、リクナビに吹く逆風の要因は内定辞退率販売問題だけではない。企業や学生の「ナビ離れ」が叫ばれて久しい。企業はナビサイトに投資効果の低さを感じており、学生の情報取得手段もSNSの普及などによりナビ一辺倒ではなくなった。新興の就活情報サイトの台頭もそれに拍車をかける。

ある一部上場企業は21年卒採用から「リクナビ」への掲出を取りやめた。同社の採用担当役員はその理由について「内定辞退率販売問題はきっかけの一つに過ぎない。それ以前から動員効果は高いが、採用したい人物像にはなかなか出会えない欠点を感じていた」と明かす。

「総合ナビサイト」では求める人物像に会えない…の声も(写真はイメージ)

その上で「自社のオウンドメディアを活用してメッセージを発信すると、それに共感する学生が応募し、求める人物像に近い学生が集まると考えた。(21年採用で実行した結果)実際にその通りだった」と続ける。

スカウト型やクチコミサイトが台頭

求める人物像に絞って採用したい企業の需要に対してはスカウト型採用サービスも台頭している。i-plug(アイプラグ、大阪市淀川区)の「OfferBox(オファーボックス)」などが代表例で、企業は学生がサイト上に登録した情報を元に直接メッセージを送れる。利用企業は年々増加しており、コロナ禍で合同企業説明会の中止が相次いだ足下では、学生との接点を得る手段として一躍注目を集めた。

関連記事:「スカウト型」新卒採用。コロナで脚光のワケと飛躍への壁

学生の支持ではワンキャリア(東京都渋谷区)が15年に開設した就活クチコミサイト「ONE CAREER」の成長も目覚ましい。実際に選考に参加した学生のエントリーシート(ES)や体験談が閲覧できる機能が人気で、月間利用者数は100万人に上る。

同社の長谷川嵩明執行役員は「投稿内容の審査などによりクチコミの確からしさを確保してきたことで有益なサイトと学生に認識された。その認識が先輩から後輩に伝わっていくことで利用者が増えてきた」と説明する。その上で「(学生の支持を生かして)まだ少ない企業による求人情報の掲載を増やしていきたい」と続ける。

総合ナビサイトであるリクナビはこうした新興勢力の攻勢にさらされている。

採用市場の健全化へ

とはいえ、多くの学生が今でも就職活動の入り口で総合ナビサイトに登録するのは事実だ。内定辞退率販売問題によって支持を大きく落としたリクナビも、21年卒予定の学生を対象にした調査で「最も活用する就職ナビサイト」として2番目に名が上がる。冒頭に登場した女子学生も「あまり登録したくなかったが」と前置きしつつ、「より多くの情報を集めるために登録した」と明かす。

こうした中で、リクナビはやはり「学生起点」のサービス設計に勝負をかけて存在感の維持、回復を図る。

「我々は総合百貨店的な存在。(新興勢力が持つような)特別の差別化要素は持っていない点には厳しさも感じる。その中で(前出した学生が評価する仕組みの設置や)企業に(採用実績などの)情報開示を迫ることで、とにかく学生の支持を得たい。今も(総合ナビサイトとして)幅広い影響力はある。そこを磨きたい」(リクルートキャリアの大家統括部長)。

人材業界の関係者からは「(学生はリクナビに登録しないと企業に会えないなど)総合ナビサイトは就活市場における存在感が大きくなりすぎた。(企業と学生のよい出会いを生む上で)採用手法の多様化は重要だ」という意見が聞かれる。

採用手法の多様化は就活市場を健全にする。一方、今なお一定の支持を得ている総合ナビサイトが反省と危機感を抱き、学生の期待に応えようと模索するのであれば、それも決して市場の健全化にとって無駄にはならないはずだ。

連載・withコロナ時代―就活に変(全5回)

ウェブ面接やウェブ合同説明会、スカウト型採用など新型コロナの感染拡大を機に就活に関わる多様なツールが注目を集めています。こうしたツールの利用拡大によって変わりゆく就職活動のあり方を追いました。

#01 トヨタも導入。ウェブ面接は新卒採用の選考基準を変える(6月1日公開)
 #02 ウェブ就活イベント活況。「リアル」はもういらないのか(6月3日公開)
 #03 「スカウト型」新卒採用。コロナで脚光のワケと飛躍への壁(6月5日公開)
 #04 信用なくした「リクナビ」が放つ覚悟の一手。学生起点に振り切る(6月8日公開)
 #05 理工系就活の切り札にAI。あなたの「学び」生かせる職場紹介します(6月12日公開)

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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
就職ナビサイトの活用意向を21年卒の学生に聞いた各種調査においてリクナビは支持を落としました。ただ、私が取材した限りでは、積極的に使うことはないものの、とりあえず登録する学生は多いです。就職活動の最初の一歩で訪れる場所という地位は大きく失っていないように感じます。リクナビには人生一度きりの新卒就活において、今なお必要とされていることを意識したサイト運営を期待したいところです。

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