起業家を育てて40年! 広島・福山の企業ネットワークが持つ魅力

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昨年は大阪府の企業を視察

起業家精神が旺盛な土地柄として知られる広島県福山市で、40年近く続いてきた経営者組織に協和会(川瀬裕三会長)がある。活動内容には風変わりなものはないが、気負いのない活動姿勢と、一本芯の通った真剣さで、個性の強い経営者たちを引きつけてきた。(福山支局長・清水信彦)

「集まりは基本的に夜です。昼間は仕事がありますから」と機械加工を手がけるワーカブル(広島県福山市)専務の藤井裕也さん。2019年12月まで協和会の会長を務めた。

会の活動は主に、毎月1度の夜の会合と、毎年何度か行う視察や視察の受け入れなど他地域の経済団体との交流。福山市と近郊の23社が加盟し、山陰や高知、関西などの商工会や業界団体との交流を深めてきた。

40年近く活動を続けてきた理由の一つが、柔軟で飾らない姿勢にある。会費は1社年間1万円。当然、専属の職員はいない。懇親会や視察旅行などは実費で、足りない分はその都度共同負担する。

会の骨組みを作ったのが、キョウエイ(広島県福山市)の元社長で、2018年に亡くなった石村邦和さん。親分肌で面倒見が良く「自分には1円の得にならないことでも、好んで人の世話を焼くような人だった」(エヌテックの棗田敏嗣社長)という。

現在協和会会長を務めるユニフェル(広島県福山市)の川瀬裕三代表も石村さんに見込まれた1人だ。川瀬さんは旋盤加工で16年に起業。「石村さんから『お前は俺が育ててやるけえ』と言われ、うれしかった」と振り返る。

石村さんの発想のベースには、福山市の製造業同士が手を取り合って、いかに域外からの受注を増やすかという問題意識があったようだ。会は82年に発足したが、会員企業同士による共同受注の話は早くから動いていた。

15年には協和会会員の有志5社で「備後ものづくりネットワーク」を結成。共同で営業事務所を東京に設置し、見本市への出展を積極化した。17年にはネットワークの代表を務めていたエヌテック(広島県福山市)単独の東京営業所として発展、18年にエヌテックは、相模原市中央区への工場進出にこぎ着けている。

エヌテックの棗田敏嗣社長はこう話す。「関東から取ってきた仕事を備後地域に落とすことは、石村さんの悲願。今はうちが取った仕事を協和会会員に回すことも多く、結果的に共同受注のような形になっている」。

今年に入り、新型コロナウイルス感染症の影響で協和会の活動は滞りがちに。川瀬会長は「協和会を通じ、私自身育ててもらっている。石村さんの思いに少しでも近づけるよう若い者で後を継いでいきたい」と話す。会員企業の経営者の若返りも進みつつあり、協和会は貴重な交流の場として続きそうだ。

日刊工業新聞2020年8月11日

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