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失敗は認める、多数決はダメ。拡大する「社会起業家集団」の作り方

連載・社会起業家になる若者たち #02 ボーダレス・ジャパン 田口一成社長インタビュー
失敗は認める、多数決はダメ。拡大する「社会起業家集団」の作り方

ボーダレス・ジャパンの田口一成社長

社会問題をビジネスで解決する社会起業家が集うボーダレス・ジャパン(東京都新宿区)。社会起業家を志す若者が続々とその門戸を叩いており、これまでに12ヵ国で35社のソーシャルベンチャーを立ち上げた。各社の余剰利益で新たな社会起業家の立ち上げを後押ししたり、新会社の承認などをグループ全社の合議制で行ったりする独自の組織運営スタイルを構築し、一般に儲かりにくいと言われるソーシャルビジネスの世界で売り上げを伸ばし続けている。

2019年度は54億円を売り上げ、新たに16社を生み出した。今後は年100社が誕生する体制を目標に掲げる。その体制の構築に向けて新卒社員を対象にした新たな起業家育成プログラム「RISE(ライズ、※)」も始めた。創業者である田口一成社長に、社会起業家を輩出し続けられる組織の構築方法や年100社の立ち上げに向けた展望、社会起業家に不可欠な資質などを聞いた。(聞き手・葭本隆太)

※関連記事:新卒“即”起業せよ。社会起業家への最短距離に挑む若者たち

組織は変わり続けるべき

-売上高が順調に伸び、19年度は16社ものソーシャルベンチャーを生み出しました。
 売上高の伸びは単純に既存事業が少しずつ成長しているだけで、トリッキーなことは何もありません。16社が誕生した背景としては、ボーダレス・ジャパンの知名度や事業の立ち上げをサポートする力が上がってきたということでしょう。

-既存事業が着実に成長できた要因は。
 (事業の立ち上げの際に必要なサポートを行う)「スタートアップスタジオ」が機能しています。ビジネスのプランニングはすべて私が伴走し、アイデアも出します。マーケティングを支援する仕組みもあり、(各事業が)よい角度で発射できています。

ボーダレス・ジャパンの業績推移。2019年度は54億円を売り上げた

-それぞれのビジネスプランはどのような考え方で作られるのですか。
 これまでの経験を通して我々が完成させたノウハウやフォーマットを基に行います。(具体的な方法としては)どのような社会を目指すのか、(解決したい)社会問題が起きている根本原因はどこにあるのか、その解決策はどのようなものかといった観点で社会づくりの設計図を描き、それをビジネスプランに落とし込みます。

-ボーダレス・ジャパンの組織運営は、グループ各社が余剰利益で新たな社会起業家の立ち上げを後押し、その起業家も黒字化した際には余剰利益を送る側に回る「恩送り」のシステム(下イメージ図)など特徴的です。こうした運営方法はどのように構築したのですか。
 (組織運営の形態については)とにかく違和感を覚えたら変えてきました。ボーダレス・ジャパンに所属する起業家にとっての良い仕組みについて、彼らの立場で考えて修正を繰り返してきました。(今の形は)その中での現在の最適解ということです。何かを真似たわけでもなく、誰かに学んだわけでもありません。もちろん、この先もたくさん変わると思いますし、(組織の規模などに応じて)変わっていかないとダメだと思っています。

恩送りの仕組みイメージ。余剰利益を受けて新たに起業したソーシャルベンチャーも黒字化した際には余剰利益を送る側に回る

-例えばどのような部分を変えてきたのですか。
 ビジネスを立ち上げる設計図を「マイルストーン経営」から「キャッシュフロー経営」に変えました。「マイルストーン経営」はビジネスプランの設計から半年以内にサービスを開始し、初売上げから1年以内に2か月連続の単月黒字、そこから1年以内に営業利益15%を達成するマイルストーンを決めており、それがクリアできなければ、(グループ全社の社長が集まり事業プランの承認などを行う)社長会にリバイバルプランを発表して(事業継続の)承認を受ける仕組みでした。ただ、(社長会の)みんなは、社会のために挑戦する人を応援するスタンスなので基本的に事業が停止されないという課題があります。それ自体は立派なことですが、悪い状態は一度止めてやり直す方がよい。そこで、お金が尽きたら温情もなく自動的に事業が止まる「キャッシュフロー経営」を導入しました。

-「キャッシュフロー経営」でもお金が尽きた際には再度別のプランを発表することで、再挑戦できる仕組みを整えています。失敗を許容する組織体と言えます。
 失敗することを認めること、そして(その経験を踏まえた)再チャレンジができる環境を作ることは(社会起業家を目指す人を増やしていく上で)大切です。ですから、(社会起業家に挑むプレイヤーを増やそうとする)我々の役割は、どうすれば(ビジネスが)成功するか(を模索する)よりも、失敗を続けられる環境を作る方が正しいのだと思います。

地域課題に挑む起業家の受け皿に

-ソーシャルビジネスは一般に「儲かりにくい」と言われます。
 (儲かりにくいと考える人は)売り上げをしっかり立てる気持ちがないだけではないでしょうか。(国や自治体からの)助成金などの“禁じ手”を使わないのなら、売り上げを立てるしかありません。(売り上げを立てられないのは)単純にビジネスに対するこだわりや決意、勉強、努力が足りないだけでしょう。ソーシャルビジネスもあくまでビジネス。仮に儲かりにくいと感じるのであれば、それはその人の問題であって(ソーシャルビジネスという)分野の問題ではないです。少なくとも私には「ソーシャルビジネスは儲かりにくい」という言葉の意味は分かりません。

-ボーダレス・ジャパンの活動についてここまでの手ごたえをどのように感じていますか。
 いつも全力でやっているので、常に今の状態は認めています。ただ、理想の姿と比べるとほど遠いです。

-理想の姿とは。
 年100社(のソーシャルベンチャー)を立ち上げることです。細かいことを抜きに社会問題を解決しようというプレイヤーが増えることが、そのまま社会をよくしていくということは誰にも否定できない明確な方程式です。

-年100社を輩出する上で課題はありますか。
 ボーダレス・ジャパンの仕組み自体が、地域課題の解決に取り組む社会起業家の受け皿に変わらないといけないと考えています。今までは(世界を見て大きな)ソーシャルインパクトを出そうとする起業家ばかりを輩出してきました。ただ、私が想像する80社目や100社目は「世界を変える」というよりも、ローカルな課題を解決するソーシャルベンチャーです。(そうしたビジネスの受け皿になる)最適な設計図はまだわかりませんが、それを描くことを自分に課しています。

-年100社ものソーシャルベンチャーを生み出す組織となると、全社の合議制や田口社長がそれぞれのビジネスプラン設計に関わることが難しくなりませんか。
 それも組織が変わっていくべき理由です。いくつかアイデアがあります。プラン設計は5-10年くらい経営者を経験した先輩起業家がつく形を目指しています。彼らは成功例や失敗例を見てきており、知見が溜まっています。先輩起業家がプラン設計に伴走する体制が実現すれば、お金だけではない「恩送り」の仕組みになり、共同体としての強さが増します。一方、全社の合議制についてなくすつもりはありません。多数決は絶対にダメです。ただ、どの単位で全員と捉えるか、(ビジネスを展開する)国単位や(ビジネスの)分野単位で分かれてもいい。そこはグルーピングの考え方の問題です。

-なぜ多数決ではダメなのでしょうか。
 多数決で成り立つと政治が起きます。忖度が生まれたり、根回しが起きたりと無駄な仕事が始まります。合議制であれば、どんなマイノリティーの意見でも言いたいことが言え、その意見にみんなが耳を傾けるスタンスが取れます。マイノリティーの意見にこそ、みんなにはない面白い視点というケースもあります。多数決は効率の良い運営になりますが、面白い視点を取りこぼしてしまいます。

-組織を大きくしていく手段として銀行を創設する構想もお持ちと伺いました。
 私の試算ではソーシャルベンチャーの立ち上げに1社当たり3000万円が必要です。年100社を作るとなると年30億円になります。それを「恩送り」でカバーするのは難しい。では、その資金をどこから持ってくるか。より多くの人が関われる銀行がいいと考えています。仮に「ボーダレス・バンク」に預けてくれたら、必ずソーシャルビジネスに融資しますと。融資先が明確で利子も付く銀行であれば、みんな預けたいと思ってくれるのではないでしょうか。ただ、銀行(を実現するに)は免許など難しい面があります。そのため、前段としてソーシャルビジネスファンドを構想しています。

「正解はない」というスタンス

-新たに新卒を対象にした起業家育成プログラム「RISE」を立ち上げました。1000万円を軍資金に入社1年目から同期と起業する機会を提供する仕組みです。このプログラムを始めた背景を教えてください。
 社会問題をビジネスで解決したい人はとても多いのですが、まずは(ビジネススキルなどの)実力をつけようと一度就職してしまうと(安定した生活が捨てられないといった理由で)なかなか起業家の道に戻ってきません。

一方、社会人になってから我々のところに来る方もいますが、企業組織で懸命に仕事に励んでも起業家として訓練を積んでいるわけではないので(起業の意志があるのであれば長く企業に勤めるのは時間が)もったいないと感じていました。「(社会人になった時に)すぐ来てくれれば良かったのに」と思うことがあり、彼らが最初から入りたいと思うプログラムを作ろうと考えました。

RISEプログラムに参加する新卒入社のメンバーたち

-組織の一員として仕事に励んでも起業家になる上ではあまり意味がないと。
 仕事の仕方が全然違いますから。例えば、起業家は自分でアイデアを出すことよりも、周りのアイデアをどう引っ張ってこられるかといったことが重要になります。(企業に属して)一定程度の仕事のスキルさえ身につけてしまえば(それ以上の)差はつきません。ビジネスのイロハだけ学んだら、起業家としての姿勢を早く身につけた方がいいです。

-社会起業家として備えるべき姿勢とはどのようなものですか。
 (一つは)仮説を立てて検証し、その結果から学んでさらに仮説を検証するという流れを繰り返すことです。「正解はない」というスタンスを持つ必要があります。何が正解かを考えていたら事業は作れません。正解を探さずに即断即決で(仮説と検証を)実行することが大切です。

-これから社会起業家を目指す学生たちは何をすべきでしょうか。
 自分のプロジェクトに取り組んでほしいです。企業インターンシップはビジネスのイロハを学ぶ上で勉強になりますが、起業という意味ではまったく関係ありません。起業家を目指すのであれば、自分が考えていることに対して自分自身でプランを書いて、できることからやるべきだと思います。行動する癖をつけないといけません。

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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
ソーシャルベンチャーを輩出し続けるプラットフォーマーであるボーダレス・ジャパンには「恩送り」といった独自の組織運営の形態があり、取材前はそれがどのように生み出されたのかが気になっていました。その答えは、組織に属する人たちの視点で考え修正を繰り返し、常にその時点での最適解を求めて変わり続けてきた結果というもの。これはあらゆる組織を考える上でも重要であるように感じました。

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