新卒“即”起業せよ。社会起業家への最短距離に挑む若者たち
「建設現場のハラスメントで困っている事例が多いと聞いたんだ」「それはあくまで監理団体の声でしょ。実際に起きている問題は働いている人に聞かないとわからないよ」「受け入れる建設業界側の意見も聞くべきではないかな」-。社会問題をビジネスで解決するボーダレス・ジャパンの福岡オフィス(福岡市東区)の一角。この春に新卒入社した5人の議論は熱を帯びていた。
議論のテーマは、劣悪な労働環境などの原因で失踪が後を絶たないとされる外国人技能実習生の実態を改善に導くビジネスプランの土台作り。複雑に絡みあったその実態の原因をつまびらかにするために、フィールドワークなどを通して得た情報を共有していた。
彼らはボーダレス・ジャパンが新たに始めた新卒向け社会起業家育成プログラム「RISE(ライズ)」の第1期メンバーだ。RISEは1000万円を軍資金に入社1年目から同期とともに事業を立ち上げて企業経営をする機会を提供し、社会起業家としての独り立ちにつなげる。ボーダレス・ジャパンはこれまで35社のソーシャルベンチャーを立ち上げており、年100社が立ち上がる体制を目標に掲げる。同社にとってRISEはその体制の構築を推進するための挑戦だ。(取材・葭本隆太)
●ボーダレス・ジャパン:「ソーシャルビジネスで世界を変える」ことを目指し、社会起業家が集うプラットフォームカンパニーとして2007年3月に設立。「貧困」「環境問題」など社会問題の壁を超える事業を展開する。ソーシャルビジネスを手掛けるグループ各社の余剰利益を共通のポケットに入れ、新たな起業家を支援し、そうした起業家の事業が黒字化した際には余剰利益を送る側に回る「恩送りシステム」など独自の体制を構築し、社会起業家を生み出し続けている。
組織の一員とは仕事の仕方が違う
「社会問題をビジネスで解決したい人はとても多いのですが、まずは(ビジネススキルなどの)実力をつけようと一度就職してしまうと、(安定した生活が捨てられないといった理由でなかなか)起業家の道に戻ってきません。彼らが最短距離で起業できる選択肢を作りたいと考えました」。ボーダレス・ジャパンの田口一成社長はRISE創設の背景をそう説明する。同社はソーシャルベンチャーを次々に輩出する仕組みを整えてきた。社会問題を解決しようとするプレイヤーが増えるほど、社会をよりよくしていけると考えるからだ。
一方、社会起業家になろうと30代になってから同社の門を叩く人も少なくない。ただ、「組織の一員と起業家では仕事の仕方が全然違いますし、組織で懸命に仕事に励んでも起業家として訓練を積んでいるわけではないので(起業の意志があるのであれば長く企業に勤めるのは時間が)もったいないと感じていました」(田口社長)という。また、同社も社会起業家を目指す新卒社員にはこれまでソーシャルベンチャーで修業を積ませていたが、起業家に必要な「ゼロイチ」を作る力はなかなか身につかないという課題意識を持っていた。そこで新卒を対象にした新たなプログラムを立ち上げた。
メンバーの採用基準は一つ。「本気で解決したい社会問題があること」だ。採用担当の半澤節さんは「起業家は楽しいことばかりではありませんし、いざ始めると後には引けません。その中で心の底から取り組みたいことであれば走り続けられます」と説明する。
実際に強い意志を持つメンバーが集まった。「世界の難民問題を解決したい」(白石達郎さん)や「フィリピンのサトウキビ農家の貧困をなくす」(峠慶太郎さん)「タンザニアに暮らす10代のシングルマザーに再スタートの機会を作る」(菊池モアナさん)「インドの子どもたちが働かなくてよい社会を作る」(原桜花さん)「外国人技能実習生が働きやすい環境を作りたい」(相原恭平さん)とテーマは多様だが、それぞれが学生時代に直面し、問題を自分事として解決すべきことと捉えている。
社会起業家の思考を身につけた
RISEメンバーはまず6月までビジネスの基礎や社会起業家としての姿勢を田口社長に学んだ。田口社長自ら指揮を執るソーシャルビジネス「ハチドリ電力」のプレイヤーとして営業やマーケティングに取り組みながら、手ほどきを受けた。社会起業家として持つべき思考の養成はその一つだ。
「何が正解かを考えていたら事業は作れません。起業家は即断即決し、仮説と検証を繰り返す体質を身につける必要があります。そのため、たとえ(ミーティングで二択を迫られた場合などに)正解が分からなくてもイエスかノーを(判断して表明することを)習慣にするよう細かく言い続けました。(3ヵ月間の指導を通して)1ヵ月目(のRISEメンバー)は何もできませんでしたが、2-3ヵ月目は褒める場面も出てきました。(起業家としての姿勢が一定程度身につき)自信がついてきたのではないでしょうか」(田口社長)。
メンバーの1人、原さんには忘れられないエピソードがある。
「まだ4月のことです。(ミーティングなどで)自分の意見が全然言えずに(田口社長から)『このままでは起業家コースから外れてもらう』と告げられました。あの言葉があったから自分を変えようと思って努力してこられました。今では人からの指示や答えを求めず、常に最終意思決定者として考え、行動することを意識しています」(原さん)。
メンバー同士が打ち解ける上でも3ヵ月は十分すぎる時間だった。お互いを仲間や家族のような存在と表現する。「起業意識が共通しているので仲良くなるのは一瞬でした」(原さん)「解決したい社会問題をみなが持っています。RISEは同じゴールに向かって走る部活のような感じです」(白石さん)、「みんな心を裸にして最初から言い合える関係がありました」(菊池さん)。
甘えは一切ない
7月からはいよいよビジネスプランの設計に入った。メンバーの誰か一人が本気で解決したい社会問題に挑むというスキームの元で選ばれたテーマは「外国人技能実習生が働きやすい環境作り」。相原さんが解決したい社会問題だ。
「日本語を教えに行ったベトナムで2ヵ月後に技能実習生として日本で働く方に出会いました。その方は働く場所を知らされていないと聞き、おかしいと思いました。そこから(技能実習制度を調べていくうちに)多額の借金を背負って日本に働きにきていたり、日本で給料が未払いになっている事例があったりすることを知り、解決したいと考えました。RISEとしては(このビジネスプランの設計や運営は)修業という位置づけですが、僕自身は取り組みたいこと。持続可能な事業を作るのは当然ですが、技能実習生の過酷な労働環境がなくなる社会を実現したいと考えています」(相原さん)。
他のメンバーにとっては、自分事だった社会問題ではないが、修業期間として全力を傾ける。それに同じ志を持つ仲間が解決したい問題だからこそ、力を注げる。
今後はすでに取り組み始めたフィールドワークなどを通して原因の本質などを明確にし、具体的なプランを練り上げる構えだ。
田口社長はプランに適時助言したうえで、運営を認める最終判断を下す。「運営開始を認める基準は『社会問題が解決できるかどうか』の一点に尽きます。その基準を満たさないプランでは永遠に先へは進ませません」と甘さは一切ない。社会起業家への道を歩みだす5人にとって乗り越えるべき壁になる。
失敗を経験するプロジェクト
実はRISEには隠された重要なテーマがある。半澤さんは「RISEは失敗を経験してもらうプロジェクトとも思っています。失敗の経験によって(ビジネスの)勘所が備わる部分があります。これまで立ち上がった事業の中でも二度目の挑戦で成功した事業は多いです。(個人が負債を抱えるといった)リスクなく、再チャレンジが許容される仕組みをボーダレス・ジャパンは備えています」と明かす。
とはいえ、5人には成功への道しか見えていない。もちろん、成功が保証された未来などないし、そのハードルは決して低くない。ただ、懸命に成功を模索した先だからこそ、得られる経験があるのは確実だろう。