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ハンコを無くせ!クラウド電子署名サービス競う

ハンコを無くせ!クラウド電子署名サービス競う

電子署名の普及でハンコ文化は過去のものになるか…(イメージ)

新型コロナウイルスの感染防止策としてテレワークの導入が広がる中、行政手続きや企業間の契約で押印を不要とする「ハンコレス化」の議論が加速している。経済界から、テレワークの障害となる規制・制度を見直す緊急要望を受け、政府は押印に関する規制の改革を急ぐ。政府の対応やクラウドを活用した電子署名サービスの現状を探った。

行政手続きデジタル化

経団連、日本商工会議所、経済同友会、新経済連盟からの緊急要望に対応し、政府は5月11日、各要望事項について各府省から対応の可否について回答を受けた。経済界からの要望を整理すると、行政手続きと民間の商慣行などによる手続き―の二つに分かれる。さらに政府の規制改革推進会議(小林喜光議長=三菱ケミカルホールディングス会長)は、5月22日付で各府省に対して「具体的基準」を示した上で、再検討を依頼した。各府省に対し、より踏み込んだ対応を迫った格好だ。

押印などをめぐっては、法務省が5月29日に電子的に作成された取締役会の議事録の承認について、クラウドを活用した電子署名を認めることを経団連などの経済団体に通知した。会社法は取締役と監査役に、取締役会の議事録への署名または記名押印を義務付けている。電子的に作成された議事録では電子署名を認めていたが種別は明確ではなかった。

電子署名は(1)ICカードをカードリーダーで読み取り自分自身で署名する「カード型」(2)離れた場所からクラウド上で自分自身が署名する「リモート型」(3)クラウド上で署名をするが第三者が代行する「クラウド型」―に大きく分かれる。今回、三つ目のクラウド型が新たに認められることとなった。

行政手続きではかねて、「書面主義」「押印原則」「対面主義」の見直しが求められてきた。厚生労働省関係で6月18日に開かれた「デジタルガバメント ワーキング・グループ(WG)」のオンライン会議では、就業規則や36協定などの届け出が議題となった。

会議では押印原則について「委員からは直ちに見直すべきだと厚労省に鋭く迫った場面もあった」(内閣府規制改革推進室の担当者)。政府は元々、規制改革推進会議などで、国や地方自治体による行政サービスの電子化に向けた検討を始めていた。そこへ新型コロナの感染拡大という危機が迫ったことから、民間からの書面での申請や押印が必要だった行政手続きの電子化が加速した。

政府のデジタル化は、電子署名法が2001年4月1日に施行され、電子署名が手書きの署名や押印と同等に通用する法的基盤として整備されていた。だが「20年前からビジネス文書についてデジタル化の規制緩和は始まっており、現行でも約9割の文書はデジタル保存ができる」(公認会計士でペーパーロジック〈東京都品川区〉社長の横山公一氏)ことは、あまり知られていない。

横山氏は「日本では人工知能(AI)やIoT(モノのインターネット)、RPA(ソフトウエアロボットによる業務自動化)などを言う前に、まずは目の前の紙と印鑑を何とかしましょうと言いたい」と指摘する。

民間の動き活発に パソコン決済無料開放

民間企業では新型コロナの感染対策としてテレワークを採用したいにもかかわらず、管理職が押印のために出社を余儀なくされるといった非効率さが指摘されている。背景として、書面に押印をしなければ契約が成立しないといった誤解が考えられる。

内閣府と法務省、経済産業省は連名で、押印に関する法解釈についてQ&A形式の文書をまとめ、公開した。同Q&Aでは契約書に押印をしなくても「私法上、契約は当事者の意思の合致により、成立するものであり、書面の作成及びその書面への押印は、特段の定めがある場合を除き、必要な要件とはされていない」とする。

押印に関する政府の見解が公になったことで、企業の押印省略への理解が進みそうだ。また、クラウド上で作業できる電子印鑑システムの普及にも弾みが付くことが期待され、関連サービスの提供も活発化している。電子署名法の施行により法律上認められていた電子署名が、ようやく注目されるようになってきた。

シヤチハタ(名古屋市西区)は、電子文書に押印できるクラウドサービス「パソコン決裁クラウド」を30日まで無料開放している。同サービスはパソコンやスマートフォンなどのウェブブラウザー上で「PDF」ファイル文書に押印、回覧ができる。

富士ゼロックスは、米ドキュサイン(カリフォルニア州)の電子署名基盤「電子署名クラウドサービス」の提供を始めた。契約書をクラウド上にアップロード(転送)し、双方の契約者が電子署名をすることで契約できる。紙の契約書の受け渡し時間を短縮し、管理費削減が可能という。

弁護士ドットコムはウェブ完結型クラウド契約サービス「クラウドサイン」を提供している。15年にサービスを開始し、導入企業数は8万社以上に上る。同社の橘大地取締役は「大企業であればクラウドサインの利用で、印紙代を年間数千万―1億円削減することも可能だ」と話す。商業・法人登記のオンライン申請でも、クラウドサインの電子署名を施した添付書類の取り扱いが可能になった。

「クラウドサイン」の押印画面イメージ。契約済みの契約書をアップロードし押印・署名などの場所を指定(弁護士ドットコム提供)

行政手続きの電子化は法規制などにより縛りがあるが、企業間の取引で押印を求めるのは商慣行によるところが大きい。デジタル分野に詳しい弁護士や公認会計士など実務家は、現行法制下でも企業が紙の書類や押印を大幅に削減することは可能だと指摘する。ハンコレス化に向けた意識改革も求められる。

(取材・宮里秀司)

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